ちょっと道草 210705  写真で Go to西表島21  戦争マラリア c

 

 

 

 

 

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西表島南風見田の忘勿石ワスレナイシ記念碑 2017.07.07

 

波照間小学校全児童合作♪

「星になった子どもたち」

 

(二)

南風見の海岸に

きざまれている

忘れな石と

いうことば

戦争がなければ

こどもたち

楽しくみんな

遊んでた

 

さびしいよいたいよ

お父さん

帰りたい帰りたい

波照間へ

 

碑と詩の関係は以下のように要約できるかと思います。

青年学校の教師を装って来島した山下虎雄=離島残置工作員の酒井清軍曹は1945年、石垣島の司令部に呼ばれ「波照間の全島民を速やかに西表島疎開させよ」との命令を受けた。軍命だから質問も反論も許されなかった。波照間島に戻った酒井軍曹は、住民の前で軍刀を抜き、西表島への移住を強要した。島民は穀物を俵に詰め、牛馬豚山羊鶏はつぶして燻製とした。燻製品の大半は石垣島の軍へ送り、一部を西表島へ向かう住民の食糧としてカツオ船に乗せた。マラリアが猖獗する南風見田ハエミダの海岸でキャンプ生活が始まった。

 

波照間国民学校の児童はろくな教材も持たず浜で勉強した。識名信升校長は悲しんだ。終戦も近い7月20日、校長は波照間へ帰島すべく酒井軍曹と交渉したが、埒が明かず、石垣島の軍司令部へ直接出向いて交渉した。願かなって島民は波照間島へ戻ったが、西表島から持ちこんだマラリアが蔓延した。全島民1590人中1587人が罹患し、死者447人を出した。児童は323人中66人が「星になった」 後年その悲劇を識名校長が忘ルコト勿カレと刻んだ石が発見され、写真の記念碑が建設された。「忘勿石」と「星になった子どもたち」の詩には、ざっくりそのような物語が隠れています。

 

 

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(三)

みんなでたましいを

なぐさめようよ

みんなでなかよく

くらそうよ

六十六名

知らない世界へ

逝ってしまったこと

忘れない

 

静かにやすらかに

ねてください

平和な平和な

波照間に

 

静かにやすらかに

ねてください

平和な平和な

波照間に

 

 

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■「もうひとつの沖縄戦―戦争マラリア波照間島

おきなわ文庫 (キンドル版943円)

戦後38年を経た1983年に

沖縄国際大学教授・石原昌家氏が

石原ゼミナールの学生たちと現地取材した労作です

 

同書は悲劇を目撃し生き残った住民からの聞き書きであり、ぼくの知るかぎり波照間島の「戦争マラリア」に関する後続の出版物ないしネット記事はエビデンスの相当部を本書に依拠しています。この段は同書より必要部を引用し、私見を交えず、ストーリーを組み立てようと考えましたが、2012年に電子化された同書末尾に「本作品の全部もしくは一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載することを禁止します」という厳しい断り書きがありました。善意で一部引用⇒広告として拡散することは取材に携わった方々の意に報いることでもあるはずですが、ここまでロックされるとさすがに無断引用は憚られます。惜しいことです。

 

青年教師を偽って波照間島国民学校に赴任した山下虎雄は当初、子どもたちに慕われるよき先生であったようです。その人物がある日を境に豹変し、軍刀をもって住民を威嚇し、西表島マラリアの猖獗地帯へ強制移住させ、結果として波照間島民の1/3を死に至らしめたわけですから島民にとっては恨み骨髄に達する悪人でありました。

 

しかしながら鬼か悪魔のように伝えられる山下軍曹とて所詮は一人の青年です。来島時はおだやかな青年教師として認知されていたことからも好き好んで軍刀を揮ったわけではないでしょう。その軍曹が戦争⇒軍命という大波に巻かれ、個人の意志とは別の運動を始めたところに時代の悲劇があるのだろうとぼくは捉えています。

 

山下軍曹の人となりを伝える後続の書が、加害者(山下)vs被害者(島民)の二元論で分かりやすく描かれているのに対し、同書=石原ゼミの聞き書きでは、わずかながらも山下軍曹が一部島民から信頼されていた事実も置かれ、また戦後に山下軍曹が自身を弁明した文書(中野学校3 p212)にも触れています。歴史の記述者としてフェァな態度です。

 

してみれば石原ゼミの聞き書きは、白と黒に灰色を含ませ、話を複雑にさせた反面、そもそも人間が善悪二元論では説明できない存在であることを一部容認したことになります。

 

原理的に単純化できない存在を敢えて単純化し、あいつは悪い奴だ、やっちまえとするのは活動家ないし革命家の原理です。一方、白でも黒でもなく灰色に揺れるものを揺れるがまま描き、あいつは悪い奴だけどたまには良いこともした。調べた事実はこれだ。白も黒も灰色もある。あとは読み手が判断してくれとするのが調査の原則です。島人の証言と山下軍曹の弁明が食い違った場合、それは人の心の問題だから、どちらが真実であるかは確かめようがありません。

2021.07.05記 つづく

 

 

 

補記 

長いこと西表島を考えてきました

この段でお仕舞いにする予定でしたが

くすぶるものがあるのでいま少しつづきます

 

前号から間が空いたのは

関係の本を読み直していることと

大リーグの大谷翔平選手が原因です。

なんせ毎日出てくるので毎日気になって

時間は盗られる感受性は奪われる

迷惑してますけど今朝も31本目の豪快ホームランを

リアルタイムで見られて嬉しかったです

 

 

 

# # #高知の今# # #

 

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高知県本山町の棚田 2021.06.24 

 

ここは四国のほぼ真ん中の

標高500~600mほどの山間地です

高知の海沿いの田んぼは青々と繁っていますが、

この辺りはやっと田植えを済ませたばかりです。

 

気温は高度100mあたり0.6℃下がるので

平地と山間地では3~4度の温度差があります

初夏の爽やかな風に吹かれてみる棚田は格別です

 

 

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棚田のホタルブクロ 2021.06.24 

 

下界の蛍袋はだいぶ前に終わりましたが

ここは今が盛りです

白い袋の中で蛍が灯をともすから

蛍袋と名付けられたのでしょう

でも実際に見たことはありません

 

いま調べてみるとぼくのカメラは

何とASO25600もありました

これだけの感度があったら蛍のお尻が

ロマンチックに映るかもしれません

 

発光キノコをご存じでしょうか?

茸が光るだなんて冗談だろと思っていましたが

写真家の高橋宣之氏が

高知県佐川町横倉山のてっぺんで撮った

お伽話のような光景を見せてくれました

 

考えみればホタルだってクラゲだって光るので

キノコが発光しても不思議はないのかも…

で今年の5月にはバイクで山道を登る予定でしたが

仕事にかまけてチャンスを逃しました

来年はがんぱります

 

次回つづきの写真を掲示します