ちょっと道草 210716  写真で Go to西表島23  戦争マラリア e  

 

 

 

 

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西表島から由布島を見る  2014.04.26

 

西表島の向かいにある由布島砂州でつながっており、観光客は水牛に牽かれ、三線を抱えたおじさんの唄声と共にゆっくりゆっくり由布島へ渡ります。ここではお金を払って牛車に乗るのが決まりみたいですが、歩いても反則ではないようです。写真を撮りたいこともあって、ぼくはリュックにサンダルを仕舞い、裸足で浅瀬を渡りました。砂は引き締まっており牛が歩いても足を取られることはありません。

 

 

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陸から  2014.04.26

 

高知県宿毛市の咸陽島では、向かいの小島が砂嘴でつながり、干潮時に露出した岩場で潮干狩りに没頭しているとひたひたと潮が満ち、満潮になると一帯が海の底になります。大潮の日の高知の海岸は干満差が2m近くあり、港に係留した船は日に2回大きく上下します。中学理科の時間に月と地球の関係を習い、海の水は寄せたり引いたりするものだと信じていましたが、、

 

 

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海へ  2014.04.26

 

京都府日本海側にある伊根の「舟屋」を訪ねたとき、港に接した家屋が口を開けて漁船を迎えることに驚きました。家が港だからとても便利なのですが、太平洋側の住人は潮が満ちたらどうなるのだろと心配になります。調べてみるとあの辺は干満差がほとんど無いのですね。隠岐の島にも舟屋があります。広くもあり狭くもある日本海では、月の引力が太平洋の水を引っ張り込むうちに状況が変わるのでしょうか。

 

 

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行きつ戻りつ  2014.04.26

 

 

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やっと由布島に着きました  2014.04.26

 

一方、干満差世界一はカナダのファンディ湾。なんと15mもの上げ下げがあるそうです。寄せる波が5階建てのビルを埋める勢いだから津波が来たようなものです。

 

 

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ダレたらひと休み  2014.04.26

 

西表島由布島の間は400mほどであり、ヒトもウシも難なく渡れますが、わずかな風も嫌がるハマダラカが飛んで渡れる距離ではないのかもしれません。この島はマラリア禍をまぬがれ、波照間島民を強制疎開させた山下軍曹はこの由布島に滞在してもいたようです。

 

 

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安間繁樹著「西表島自然誌」晶文社1990年刊

 

表紙の写真は由布島へ向かうヒトと水牛です。著者の安間繁樹氏は、動物作家戸川幸夫氏がイリオモテヤマネコを発見した1965年(昭和40年)、20歳の年に西表島へ渡り、通算6年間滞在してイリオモテヤマネコを追い掛けた動物学者です。

 

動物学者にとって新種発見はノーベル賞みたいなものらしく、ひょっとすると西表島には「オオヤマネコ」がいるかもしれないと胸をときめかせながらも「多分いないだろうというのが、私の正直な考えだった。島が小さく、食べ物も決して十分とはいえない西表島で食性や習性などがほとんど変わらないような二つの動物が共存できるとは考えにくい」(同書p242)とクールな判断もしていたようです。

 

 

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由布島植物園のオオゴマダラ 2014.04.26

 

ずっと前の話ですが、四国の剣山山系にはツキノワグマが棲息しており、知り合いが笹を分けて行くクマを見たと嬉しそうに話してくれました。東北や北海道のクマはヒトと出会ったら撃ち殺されて可哀相ですが、高知のクマは稀少生物なみに珍しがられています。ヒグマに比べてツキノワグマは小型だし、人里に入って悪さをした話は聞いたことがありません。そもそもスギ・ヒノキの植林率日本一の高知県では生息域が狭められ、もはや種を維持するだけの頭数が確保できないだろうと前々から言われてきました。だから21世紀も半ばに入った今はもういないのかもしれません。林野庁に問い合わせたら教えてくれるかと思いますが、訊けば悲しい話になりそうで電話する気にもなれません。

 

 

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サナギの脱け殻に止まったオオゴマダラ 2014.04.26

 

若き日の安間繁樹氏は、あわよくば「オオヤマネコ」との邂逅を願いつつイリオモテヤマネコを研究するため森に入り「世界で初めてイリオモテヤマネコの動画撮影に成功した*」そうです。(*wikipediaに1000エン寄付したのでばんばん引用させてもらいます)

 

 

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オオゴマダラの交尾  2014.04.26

 

ちょっと自慢させてもらうと「世界で初めて」ではありませんが、観光客としては珍しくぼくは真っ昼間の山道でイリオモテヤマネコを写真に撮りました。(210401号に添付)ヤマネコは夜行性なのになんで昼間に? と問われたら答えようもありませんが、西表野生生物保護センターの所長さんにお墨付きをもらったので間違いありません。島の住民でも野生のヤマネコを目撃した人は滅多におらず「見た」というだけでステイタスなのですヨ 大谷翔平のホームランを見たようなものです。えっへん^^!

 

 

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オオゴマダラのサナギ  2014.04.26

見事な金ピカ「南国の貴婦人」とも

 

そのヤマネコの減衰とマラリアが関係していることを本書で知りました。「これらは1957年から1960年代の前半にかけて、大量に死んだ可能性がある。DDTのためである。アメリカ民政府は西表島マラリア撲滅のために当時、DDTの一斉散布を行った。これによりマラリアはなくなったが、カ、ハエ、ゴキブリ、ヤモリ、ネズミ、ムカデ、アリなども住宅地から姿を消し、それを食べたネコやイヌの斃死も相次いだ」(同書p172) 生態系の一部が失われると、食物連鎖が断ち切られ、捕食上位者も影響を受けるという事例です。

 

DDTといえば化学物質の害を説いたレイチェル・カーソン女史の「沈黙の春」が想起されます。いかなる薬にも副作用があるように農薬もまた自然環境に良いわけはありません。ただ環境汚染、気候変動といった地球規模での警鐘が必ずしも科学者の予測通りに推移したわけでもなく、PCBにやられて海洋の大型哺乳類が絶滅したわけではないし、DDTによる連鎖反応で鳥や動物が激減したわけでもありません。生命という存在は回復力に満ちたしぶとさを持っているかもしれないし、そうあって欲しいと願います。西表島においても「カ、ハエ、ゴキブリ、ヤモリ、ネズミ、ムカデ、アリ」の類は今でもなんぼでもおります。

 

 

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安間繁樹著「西表島探検」あっぷる出版社2017年刊

 

関係の書を読んでいると西表島マラリアは米軍が「撲滅した」という勇ましい文言を見かけます。1960年に始まるベトナム戦争において米軍は、森に埋もれたホーチミンルートを絶つため枯葉剤を空中散布するという暴挙に出ました。ひょっとするとあのノリで米軍は西表島ダイオキシンを撒きまくったのかなと思っていましたが、それほど荒々しい方法ではなく、以下のごとく合理的な手法を使ったようです。

 

「戦後、予防薬の内服、水系への薬剤投入に始まり、1957年からは米軍にDDT水和剤の一斉散布が行われた。撲滅は、蚊の習性をうまく利用している。蚊は一般にヒトや動物を襲う前後、特に吸血後は壁などで休憩する。この壁に殺虫剤を塗布しておくのである。止まった蚊はすぐには死なない。しかし、皮膚を通して染み込んだ薬で一週間以内に必ず死ぬ。一方、蚊の体内に入った原虫は、感染能力を持つスポロゾイドというステージになるまでに1週間かかる。つまり、汚染された蚊に刺されてもそこにいるマラリア原虫は感染能力を持たないので、ヒトはマラリアに感染しない」(同書p232)というロジックです。

 

西表島を隈なく歩き西表島博士とでも呼びたい安間繁樹氏は、上記「西表島自然誌」「西表島探検」においてマラリアに触れてはいますが、波照間島からの強制移民については記述がありません。南風見田の浜には「忘勿石」の碑があることだし、知らなかったとは思われませんが、社会学的な問題はあえて避けたのでしょうか。それともぼくの見落としでしょうか。よくわからない話です。

2021.07.16記  つづく

 

 

 

 

オータニ現象

今ネットの書き込み欄は大谷翔平にまつわる文飾で山盛りです。みんながあの手この手で他人と違うことを言っちゃおと作文するから、へたに割り込むよりカキコの中に自分の意見を探した方がてっとり早いですね。とはいえオレにも喋らせろと出しゃばりたくなるのがオータニ現象としたもので、、

 

佐々木小次郎燕返しを見たわけではありませんが、大谷選手のスイングは腰の回転力を使う肉体の芸術です。若き日のアントニオ猪木は空中殺法⇒延髄斬りをやったものですが、あの右足の軌跡にも似て体全体でバットを振り回せば、おのずと力は倍加されます。刺青もむくつけきマッチョ選手が上半身の筋肉で運んだ球は壁を越えホームランとなります。一方、体の筋肉を総動員した大谷選手のバットは無駄なく一点に集中し打球は軽々と二階席まで届きます。

 

かつて野茂英雄が投手として信じがたい成果を残したとき日本の野球ファンは湧きました。新聞テレビはあたかも全米が震撼したかのような報道ぶりでしたが、当時アメリカから帰国した辻信一さん(本を書いている方だからペンネームくらい出してもよいでしょう)と拙宅で飲んでいたとき「日本に帰るとさ、野茂英雄って有名なんだけどアメリカでNOMOなんて聞いたことないぜ」と言ってました。考えてみれば3.5億人も抱えた多民族国家で東洋から来た選手が何かやったからといってフツー誰も知りませんわね。で、西海岸でオタニサンゴーンと絶叫しても東海岸までは届かないだろうと思っていましたが、今年のオールスター戦を境に様子が変わったのかなという気がしています。

 

「元々メジャーリーグの支持層は白人の保守派が多かったので、激増するヒスパニック等の非白人対策、ファン層の人種的拡大はMLB機構の課題なのでしょう」というネットの一文が気にかかりました。アメリカンフットボールやバスケットボールに人気を奪われ野球人口が低迷しているのは、サッカー他の競技に野球が喰われた日本とまあ似たようなものでしょう。

 

野球人気が下がったというより、時代が変わりスポーツが多様化する中で、人心が分散したと捉えるべきでしょう。プレステで目を血走らせて育った若者には、ゲーム感覚で濃密な時間を愉しめる競技の方が似合うのかもしれません。言われてみれば野球って長閑な競技です。延長戦にもつれ込んだりすると3時間も4時間もだらだらとつづくので令和の若者がテレビの前に釘付けってことは考えにくい時代ですね。そこに危機感を覚えたMLBの裏方が人気回復の起爆剤にオタニサンを盛り上げようと画策したのかなと、、

 

 

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左はチャップマン  中央のヒトは普通の身長 ネットより

 

 肩に足が生えたような筋肉の上に童顔をのせ

チャップマンと並んでも引けをとらない好青年です

 

道徳教育の題材になりそうな立ち居振る舞いに加え、終始絶やさぬ笑顔が、国を超え民族を超えて人の心を惹き付けたといってもたぶん間違いないでしょう。どこにあるとも知れないレンズで撮られた動画は隠しようのない内面をさらしますが、岩手の田舎で育まれた天衣無縫の青年はカメラなどおかまいなしです。あの人のよさは演技できるものではありません。ネット上の無数の書き込みを要約すれば、彼のピュアな人格を目撃した大衆が、時代とともに失われつつある何かを取り戻そうとしているかのようです。

 

明治期の為政者は国語を共通化し、

NHKは「みんなの歌」を流すことによって

人心をまとめました。

 

大谷翔平は好きで野球をやっているだけでしょうが

結果としてコロナで分散し、オリンピックでも

まとめることができそうにない日本人の心を

野球を通じて引き戻したかのごとくです

 

「中国ウィルス」で憎しみの巻き添えにされた東洋人一般が、オータニ人気によっていささかなりともアシアンヘイトから解放されたとすれば喜ばしい。「激増するヒスパニック等の非白人」人口を取り込んで野球人気が復活すればMLBの裏方さんは嬉しいというワケです。

 

長島茂雄が「非・言語化」タイプの天才であったとすれば

27歳になったばかりの青年は「言葉の人」でもあります

 大谷選手は頭の中にもうひとつの大谷カメラをもっており

カメラに映した言葉でみずからを凝視しているかのごとくです

わかりやすく言うと彼はとても頭が良いです

 

大谷翔平の発言を読むにつれ

むかしの自分を思い出し

若気の至りの人生を恥じかつ悔いました

ご興味の方は以下へどうぞ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/55e9e01b015f22aa8b0cd111acd5fe0e38acf785