ひとり旅 210815  道草寄り道天の道

 

 

 

 

 

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早稲田の稔り 2021.0803

頭を垂れる稲穂です

 

高知平野は稲刈りの真っ最中ですが

台風や長雨で思うようには捗りません。

 

 

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ジャンボタニシにやられたKO大学 2021.0803

冗談では済まないほど広がりつつあります

 

 

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袋を被せられた梨 2021.0803

まだテニスボールほどの大きさです

 

 

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仁淀川中流域の沈下橋 2021.0803

 

道から見下ろす川と

川から見上げる山は

まるで景色がちがいます

 

いつかここにゴムボートを降ろし

ささやかなラフティングをたのしみながら

河口まで川下りする予定

 

運がよければけっこう大型のシーバスが

ロッドのむこうでエラ洗いを見せてくれます

 

 

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町村合併で仁淀町に組み込まれた旧池川町  2021.0803

 

そのむかし四万十川でカヌーを漕いだ椎名誠

川から見ると家々がこちらにお尻をむけているけれど

う~ん、いかがなものかと悩んでいました

1990年代の半ばのことでした

 

1995年に国土事務次官の下河辺敦が梼原町

「第一回四万十川大学院」で講義しました

 

昔は木材を筏に組んで川下りしたものだが

今はトラックが木材をつんで山へ登る

われわれは考え方を変えねばならない

 

村と村が通信で結ばれると町になる

町がネットワークで結ばれると都市になる

都市が結ばれて大都市になり、、というイミフな話を

ときに白髪を撫でながら淡々と語ったものです

 

当時まだ携帯は普及しておらず

腰のポケベルが振動したら慌てて

近場の電話ボックスを探したものでした

インターネットという概念はなかった時代で

狐につままれたようなお話でした

 

やがて全国3300市町村を揺るがす合併論が展開され

市町村数は半減し、事が終わって

やっと講義の意味に気付きました

山間の小さな町で凄い大学院が開かれたものです

 

ただ当の梼原町は合併を拒否しました

恐らくその判断は正しかったと思われます

 

 

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仁淀川の支流 2021.0803

鮎漁という名の遊び人が7人ほど見えます^^

 

 

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奥深い川沿いの集落 2021.0803

 

この辺りだと4Gの電波は届き

探せばパラボラアンテナも見えます

 

 

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このような道を抜け 2021.0803

 

 

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四国の真ん中 2021.0803

 

深い谷間をさらに登ると

周囲の山々は1000mを超え、その向こうには

西日本一の高峰1982mの石鎚山が鎮座まします

 

 

 

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標高600mほどに在る寒村 2021.0803

 

 

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谷間の村2021.0803

 

道路幅ほどの段々畑に家を建て

部屋の面積を追加すると

お尻が飛び出す

 

 

 

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越し屋根がおしゃれな廃屋 2021.0803

 

やがて柱は朽ち、屋根は崩れ

蔓がからまり、樹木に覆われ

ヒトに寿命があるように村は寂れます

 

 

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廃屋の庭に咲く百合 2021.0803

 

 

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百日紅の下の石碑 2021.0803

「道ヲ貫キテ遥カ天ニ通ズ」

 

モッコとツルハシで山の斜面に

九十九折りの道を造った

峠に立ち天を仰げば

青空に雲が流れる

 

村人は、樹を伐り、火を放ち、

切り株を除き、畑で鍬を打った

路傍で見かけた墓碑には

 

椿山をこよなく愛し

焼き畑を慈しんだ父

ここに眠る

とありました

 

 敗戦を記念した不思議な日に

2021.08.15記 つづく