増水時の名越屋沈下橋 2021.08.20
名越屋沈下橋 2021.08.20
遠景として見る分には愉しい風景ですが、洪水時に
縁が丸まった欄干のない橋を渡るには勇気が要ります
車一台の道幅しかないのでハンドル操作を誤ると一巻の終わり
ガードレールのない断崖絶壁を走るようなものだから
しっかとハンドルを握ったドライバーは前方から目を離さず
時速10㎞ほどで這うように渡ります
四輪はゆっくり走れても二輪は一定の速度が必要です
コケたらヤバいのでいやが上にも慎重になりますが
困ったことにヒトの視野角は広いので
視線を直角に切る急流が目の錯覚を起こします
某aiさんは車で渡り終わって緊張がほぐれた瞬間
どっと涙が出たそうです
沈下橋のスリルを味わいたい方は
車かバイクで台風の日にどうぞ^^!
大雨の翌日の仁淀川支流 2021.08.20
水嵩は増していますが
上流で工事がないらしく
水は濁っていません
橋の向こうでささ濁りの支流が
仁淀川本流の濁水とぶつかる 2021.08.20
晴れた日の仁淀川八田堰 2021.08.03
野中兼山が残した傑作のひとつです
塞き止められた水は水門を抜け
わずかな勾配をたどって
下流域の大地を潤します
大雨の翌日の仁淀川八田堰 2021.08.20
洪水時の仁淀川河口大橋2018.07.07
森がしっかりしていた昔は大雨が降っても
ささ濁りのまま、じわじわと水嵩が増したものですが
今は土木工事の残土がつくる濁流がどかんと流れます
この日は上流の大渡ダムが放水したはずなので
その影響もありそうです
昭和30年代の松田川を知っています
堤防が切れて越水すると水は田んぼへ向かいます
土手の向こうは町なので住宅街に水を回すわけにはいきませんが
理屈はさておき何で毎年オレらの田んぼを濡らすのかと
オヤジはいつも不満顔でした
カーバイトランプ ネット広告より
しかし悪いことばかりではありません
川が氾濫すると水と一緒に魚が稲田に入るので
その日はカーバイトランプを取り出し
カナツキを磨いて夜を待ったものです
写真のランプ下部にカーバイトの塊を置き
水を入れた上の筒から水滴を垂らすとガスが発生します
マッチで火をつけると強い光を発し
風が吹いても消えません
フナやナマズの寝込みを襲うのはやや気が引けますが
銛の先で暴れる生きものの感触が、掌を伝って
自分も生きものであることを教えてくれます
フナは干してダシに使いました
ナマズはあんな顔をしていますが
身は淡白で旨いです
物部川山田堰の遺構 210823
江戸期の土木家・野中兼山は
仁淀川に(上記の)八田堰
香南市手結に掘り込み漁港*
四万十川(後川)に曲線斜め堰*
宿毛市松田川に曲線斜め堰の河戸堰など
多くの土木工事をなし遂げた人物ですが
工事に熱を入れる余り農民の恨みを買い
目立ち過ぎたからか同僚の讒言によって
職を解かれ、不遇の死を遂げ
子孫は宿毛に幽閉されました
物部川山田堰(昭和61年=1986年) 看板写真より 210823
今から35年前のカラー写真なので
水面の青が強調されているかもしれませんが
水質はまあ上等でしょう
堰堤手前はコンクリートで補強工事をしていますが
中央部は石がつくる緩い勾配の上で水が白く泡立っています
江戸期の工事が残存した部分のはずで
実はここが生命系の重要部です
フランス語にはダムと堰堤の区別がないそうですが
ダムの多くは電力生産、洪水調整をふくむ多目的ダムであり
堰堤は水利のため水を一定の高さに留めることが目的です
ツルハシとモッコで工事をした当時は力学上の必要があって
石や岩を並べ、結果的にゆるい斜面がうまれました
川が人為で断ち切られたからといって堰堤の上流と下流で
魚種が異なることはなかったはずです
魚は気合を入れて遡上し、疲れたら石の隙間で休みます
今日の巨大ダムのように魚道などという切ない仕掛けは不要であり
しかも農地は潤い、アユもエビも気ままに生きられたはず
その一点から見てもむしろ
江戸期の工事は現代の巨大土木に優越します
だから昔がよかったとは申しませんが
過去の美徳を全否定することによって
現在を肯定する怪しいロジックは要注意です
四万十川(後川)の曲線斜め堰 201004
野中兼山が手がけた堰堤のうち
ほぼ完全な形で残った唯一の遺構です
(201018号で紹介済み)
直線斜め堰は川幅より長いので水圧が分散されます
川面に糸を垂らしたように湾曲する曲線斜め堰は
さらに長く、水の横圧をゆるめ
見た目に美しい曲線をつくります
数学の先生によると
吊り橋を寝かせたような曲線にも
ちゃんと方程式があるのだそうです
後川の斜め堰よりもっと大がかりに湾曲していた
松田川の河戸堰は改修され、記念の遺構を一部残して
ぼくが少年のころエビやアユを獲って遊んだ
清流の面影はほぼ消えました
代わりに巨大なコンクリート塊が川をまたぎ
洪水を防ぎ、秋の稔りをもたらしてくれますが
かつて感潮域の尖端で泳ぎ、水中眼鏡の向こうに
海の魚を見た驚きはもはやありません
昭和30年代の農村を知るぼくは
それはセピア色の感傷だよと
切って捨てることはできないのです
昔の人は苦労したが
今の人は幸せになったという
技術進化論⇒幸福増進論は
ぼくのような者がちょっと考えただけでも
既に破綻しています
2021.09.01記 つづく
付記
水の流れはなぜか心をなごませてくれます
家の周りを澄んだ水が流れる風景ってよいもので
京都は加茂川の土手にずらりと並ぶ恋人たちにとっても
浅瀬のせせらぎはロマンチックな逢瀬を演出してくれますネ
若い人はさておき
いずれ誰もがお世話になる病院や老人ホームに
ひねりを加えた水の流れを持ち込めないかと
ずっと前から友人と考えてきました
そうは言っても施設や病院は忙しく、経営も大変だから
オレらの提案に乗ってくれる奇特なヒトはあらわれません
ならばバイクで川沿いを走った方が話は早いというワケで
「川の病院」でした