高知から徳島へ向かう剣山山系に日本一長いダートがあります。仕事に忙殺され頭も体も固まった週末には、朝早く家を出、四国の背骨のスーパー林道88㎞を駆け抜け、日が暮れて戻り着いたころには脳も筋肉もほぐれたものです。ここは全国のオフロードバイク愛好家がうらやむ土の道なのですが、悲しいことに2年ほど前に訪ねたら林道の入り口が塞がれていました。
思いますに、事故があった。通報を受けて地元の人たちが駆り出された。コケた奴は可哀相だがオレらは遊び人に付き合うほど暇じゃない。えい閉めちまえというようなことではなかったかと推察します。
土の道が舗装されオフのロードがなくなった
いつしか自分もトシを取り若い子の真似はできなくなった
というワケで長く付き合ってきたオフロードはやめ
ホンダスーパーカブの続きみたいなクロスカブ110㏄に乗って
島根と広島の県境は「もののけ姫」の古里へやって来ました。
備後落合駅の待合 2021.09.09
壁に掛けられていた小鳥原第一鉄橋を走るSL
今から85年前、昭和11年の鉄路です
じつは高知⇒高松⇒神戸経由で福井は敦賀からフェリーに乗り、まだ見ぬ佐渡島をバイクで訪ねる予定でしたが、敦賀のホテルでネットを探っていると佐渡市長が、時節がら「来島はご遠慮ください」と苦しまぎれの警告をしていることを知り、折り返して中国地方の山間地までやってきたという次第です。▼矛盾だらけの発言が悲しい尾身会長に気兼ねしたからではありません。
小鳥原鉄橋 2021.09.09
鳥取から広島へ抜けた山奥に巨大なコンクリートの柱が立ち、下から見上げると恐ろしい高みに錆を残した細い鉄路が走っています。ここも廃線かと移りゆく時を惜しみ、いくらか感傷的な気分に浸っていると踏み切りに差しかかりました。
小持原踏切 2021.09.09
あたりは山に囲まれた盆地状の農村で
刈り入れを待つ黄金の田が広がります
所々に農家は見えますが
人の姿は見えず
鉄路は錆び
枕木の間に草が生えています
備後落合駅 2021.09.09
駅といっても錆びた鉄路を
列車が走るわけはないから
ここは廃駅だろうと思いつつ寄ると
備後落合駅 2021.09.09
構内は隅々まで清められ
雑草のひとつも生えていません
が、人の気配はまったくありません
しんとした寒村に
雨上がりの空から日が差し
物音とて聞こえない
不思議な風景でした
この駅は
生きているのか
死んだのか
備後落合駅 2021.09.09
鉄路の輝きをみて
生きた駅だと知りました
待合の壁で写真展 2021.09.090
レトロなSLは今も津和野を走っていますが
あくまで観光列車としてです
ぼくが1980年代のChinaで見た現役バリのSLには
暮らしの期待を背負う力強さを覚えました
パクリ新幹線には何の興味もありませんけど~~
待合に置かれた雑記帳 2021.09.09
記念の記録を見ていると緊急事態宣言も何のその^^! カキコ氏たちは尾道、兵庫、広島、岡山、大分、大阪、新宿等々から山奥の無人駅を訪ね「不要不急」の遊び旅をしたことがわかります。中に「18切符で来ました。明日は徳山まで向かったあと姫新線に乗りに行く予定です。この駅で野宿・大学生」という当日の記録もありました。星降る夜ひとり無人駅で、おそらくは森の物の怪に怯えつつ野宿し、朝一番の列車で戻ったのでしょう。オレも若い頃そんなことしたかったなと羨ましく思いながら、ふと佐渡市長に遠慮して福井から引き返した自分が馬鹿らしくなりました。
もののけ姫 ネットより
広島、岡山、鳥取、島根が交わる”奥出雲”の周辺は「もののけ姫」の故郷です。1997年に公開された「もののけ姫」は、製鉄の燃料として樹が伐られ、森を剥がれて住処を奪われた獣たちと、そうは言っても生きるためには”たたら”を踏まねばならない人間との出口のない争いの物語でした。
都会の人と田舎の人は、どちらがより自然を愛するかと考えたとき、鉄とコンクリートの空間に切ない思いで緑を持ち込む都会人が、緑だらけの田園でカネを欲しがる村人より自然に対する思いは強いのかも知れません。宮崎アニメに通底する理念は、充分な緑を残した自然と、ほどほどの人為の調和と言えそうです。しかしそれは21世紀の現実として見るかぎり虚妄でしかありません。
「平成狸合戦ぽんぽこ」末尾 ネットより
「平成狸合戦ぽんぽこ」は多摩ニュータウンを開発するヒトと住処を奪われたタヌキの争いでした。どちらが勝って、どちらが負けるかは誰でもわかりますが、話の結末は土地を奪われたタヌキが人間に化けて暮らすという悲しい同化政策なのでした。心の中にタヌキとしての故郷を持ちながら口を糊するためヒトとして働くという一歩まちがえればidentityを喪失し、闇に向かって叫ぶ他ない離れ業を、ヒトではなく、タヌキに求めたのが「平成狸合戦ぽんぽこ」の思想的結末でした。アニメだから面白おかしく描いていますが、これは恐ろしい結論です。
比重を利用して土と砂鉄を分離する
鉄穴(かんな)流しの風景 ネットより
「もののけ姫」が島根のたたら場で生れたことは知っていましたが、中国山地を挟んで島根側と広島側の広い面積が砂鉄の産地であり、風化花崗岩の山を切り崩し、そこに含まれるわずかな砂鉄を「鉄穴流し」の技法で得たことは、ここ備後落合駅に来るまで知らなかったです。
アニメ「もののけ姫」は森の先住民と樹を乱伐する侵入者との闘いですが、もののけ姫の怒りを買った製鉄所職員が、鹿や狸や猪の領土を奪い、やらずぶったくりの開発で自己利益の拡大に務めたかと言えば、必ずしもそうではないようです。
崩した山の1%ほどに過ぎない砂鉄と引き換えに、鉄穴流しで流された大量の土砂は、長い年月を経て、下流域に田畑をつくり「砂鉄採取後の痩せた土地でのソバ栽培を通じた土づくりや、鉄穴流しに利用した水路や溜め池を再利用することで、豊かな棚田に再生してきました*」*駅の待合に置かれていたパンフより
蕎麦の花 2021.09.09
蕎麦はまだ花でもてなす山路かな (芭蕉)
ただし人為がよいことばかり産むわけはなく大量の土砂は下流域で天井川をつくり、岡山県高梁川では、川床があがり3年に1度は洪水を引き起こす「暴れ川」になったそうです。「濁水とともに下流域に流出した土砂は鉄気(かなけ)を含んでおり、作物の生育や人・家畜の飲み水さらに製紙や酒造・紺屋など川水を使用する製造業にも影響を及ぼしたことから昭和46年(1971年)の水質汚濁防止法で禁止されました」とも。
反面、日野川下流に下りた土砂は、鳥取県の弓ヶ浜半島や米子平野の広大な平地をつくり、島根県斐伊川下流の宍道湖では、出雲縁結び空港(長い名前ネ)の土地を意図せずして造成したそうだから鉄を求めクワとモッコでせっせと働いた人間の努力は凄いものです。そのようにしてたたら製鉄は遠く奈良時代より「1400年以上」も続きました。
森の物の怪にとってヒトは邪魔でしたが、ヒトもまた物の怪の一部だから存在を主張する権利はあります。1990年代に市民運動に参加し、自然保護を訴えてきた自分の小さな経験から言っても黒か白かの極論は良い結論を導かないように思うのです。
ではヒトと物の怪はどの辺りで手を打つべきかと考えたとき、戦後10~20年ころの技術社会が許容限界ではなかろうかと思うわけです。子どもの頃の記憶をたどり、昭和30年代の農村でトラクターが吐いた黒い煙は、水中眼鏡で見たイカ墨を思わせ、懐かしく思い出されます。当時の機械は間違いなく人間に仕合わせをもたらしました。
それから半世紀を経た21世紀の今、レシプロエンジンはロケットとなり弾頭に核を積む効率的な破壊を可能にし、過激に進化したコンピュータは全人類の行動を監視する能力さえ持つに至りました。スマホを持てばその日からプライバシーはありません。それでもわれわれは仕合わせだ。昔の暮らしを見てみろ、ひでえもんだと信じ込まされているわけですが、ふと立ち止まり、頭のスイッチを切り換えて、仕合わせとは何かと考えたとき戦後しばらく技術と自然は折り合っていたように思うのです。
そんなこんなでアテもなく
バイクを走らせていると
美しくも悲しい
人の暮らしが見えてきます
2021.09.14記 つづく