ひとり旅 230130 日本所々(18) 承久の乱J  西行 尾去沢鉱山 長坂金山 夕張炭坑 イーロン・マスク

 

 

 

 

 

百人一首西行法師  ネットより

 

嘆けとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな  (西行)

 

西行法師⇒若き日の佐藤義清は、宮中警護に当たる「北面の武士」だったので恐らくは筋骨隆々たる男子であったかと思われますが、なぜか23歳の若さで出家しました。諸説あるなか、さる高貴な女性に恋慕し失恋したからという女性週刊誌的な理由が好まれます。頭を石にぶち付け、死んだらお仕舞い、生きていたら僧になるという賭けをし、たまたま生きていたものだから出家したというウソかホントかわからない説もあります。

 

古来ヤマトの人々は、かなわぬ恋を嘆き、悲しみを月に託して歌を詠みました。「かこち顔なる」とあるように自省を伴う哀しみの涙は三十一文字に必要不可欠な要素です。喜怒哀楽とりわけ「哀」についての感情を日本の詩人ほど深く掘り下げた民族はないでしょう。それは和歌と漢詩を比較すればすぐにも証明できることなので後日触れます。

 

この段

月と涙の西行と「ジパング」のマルコポーロ

無理やりくっつけたいので^^!

話は金山にもどります

 

 

尾去沢坑内の掲示写真  2013.05.26

 

尾去沢鉱山は708年に発見されました

同じ尾去沢で749年に長坂金山が発見され

平安時代後期、奥羽藤原三代の繁栄には

「尾去沢の金が大きく貢献した」

「その産金が~奈良東大寺の大仏の造営に使用された」

と坑内の案内文にあります

 

東大寺の大仏殿は平安末期の1181年に平清盛の命令で焼き払われます。焼失した東大寺再建の勧進(寄付集め)のため当時69歳の西行は老骨に鞭打ち、鈴鹿峠を越え、恐らくは愛知県⇒静岡県⇒神奈川県⇒東京都⇒群馬県⇒栃木県⇒福島県宮城県秋田県(の尾去沢鉱山を覗いたかどうか)⇒岩手県と(徒歩で)渡り、その100年後にマルコポーロが「ジパング」と呼んだ黄金の国=奥州平泉へ向かうことになります。

 

たまたま西行と同じ69歳のぼくは昨夏

似たような道を原付バイクで走ったことですが

機械の馬に跨がっても結構な距離でした

 

奥州平泉の藤原秀衡を訪ねた西行は、話をまとめ「砂金4500両」の寄進を請けて東大寺再建に貢献するわけですが、話はややこしく西行が平泉を後にした翌1187年「頼朝の追手から逃れた義経が平泉に入ったことが発覚すると、鎌倉と平泉の対立は決定的となり、送金は途絶えました。奥州藤原氏が滅亡したその翌年、西行は73歳の生涯を閉じます*」*ネット「平泉を訪れた人々」より

 

それから500年ほど経て「奥の細道」を歩いた松尾芭蕉は「夏草や兵どもが夢の跡」と詠み、日本の高校生は皆この名句を暗記させられることになります。骨肉相食む頼朝と義経の争いは「鎌倉殿の13人」でも描かれたかと思われますが、惜しくもぼくは野良仕事で忙しく見逃しました。

 

ちなみに別ネットには「大仏造営に対して藤原秀衡が施入した滅金の金は五千両であり、頼朝は五分の一の千両であった。このことで頼朝は激しく嫉妬して奥州を手に入れることを誓ったのであろう」との説もあります。しかしカネの多寡で「嫉妬」した頼朝が切れて「やっちゃれ」と本当に考えたかどうか、ヒトの心は誰にもわかりません。巨大な軍事が独裁者の感情だけで動くものかどうかは今のロシア中国から類推しても微妙なところであり、歴史を主観で捉えると面白い読み物にはなりますが、まあねってことです。

 

ちなみに金4500両を2023.01.24の相場で換算すると

1円玉=1グラムの金が8,957円なので

1両41グラムとして4500両⇒17億円になります

 

たったの17億円かよ

すると頼朝は3億円ちょいか

奥州市で生まれた大谷翔平の契約金は40億円だぜ

FA後は500億だ600億だって数字もある

可哀ソ、そりゃ嫉妬するわ

と考えてはあかんのです

 

通貨価値は揺れ動くものだし

手掘りと機械掘りの金を、時代を超えて

同列に換算するなんて出来っこないからです

あえて比較するなら金1グラムに籠められた

ヒトの純粋な労働量で測るべきでしょう

 

 

尾去沢鉱山の模型  2013.05.26

 

なんじゃこれはと思ったら

尾去沢鉱山の坑道をパイプでなぞった立体模型なのでした

千年がかりでヒトが造った地下都市です

観光坑道でも一人歩きは怖いのに菜種油に火を付けて

この道を行けといわれたらどうしましょ~~!

 

 

尾去沢鉱山坑内のジオラマ   2013.05.26

 

電球に照らされて明るく見えますが

狭い坑道の奥には坑夫の人形が置かれています

灯明ひとつを頼りに暗黒の閉所で働けと言われたら

さあどうなんだろ、自分にできるだろうか

よほど強い信念ないし他者の支えがなければ

まず精神的に持たないだろうと思います

 

 

尾去沢鉱山坑内の展示絵 2013.05.26

 

絵だから強調していますが

モッコとツルハシで細い鉱脈を掘り進んだ穴は

およそ、このようなイメージだったかと

プレートがせめぎ合う日本列島は地震の巣でもあります

「えご」を背負い闇と光の間を行き来した女子は

何を思ったのでしょうか

 

 

北海道夕張市の道の駅「夕張メロード」の展示写真 2015.10.13

 

これは石炭の採掘現場です

地下深く潜ると地熱で気温が上がります

作業は薄暗がりの中で行われたはず

フラッシュを焚いたら男女とも

裸同然の姿で働いていたという絵です

 

金銀銅石炭その他は

このような地下労働の産物であり

その上に黄金の宝飾品があり

健さん扮する「鉄道員」ぽっぽやの

物語があることを知りました

2023.01.30記 つづく

 

 

 

< 2023年の現在史 >

1/25(水) 20:00配信のヤフーニュースに「イーロン・マスク氏、コロナワクチンの副作用を告白”数日間死ぬかと思ったよ”」との記事があります。多くの「書き込み」の中でオヤと思うものがありました。国会議員も厚労省職員もワクチン接種の有無を語りませんが、理由はコレかも…1例のみ転載します。

https://news.yahoo.co.jp/articles/9b1941ee8a87d024c80c0ea0c0820f990e18ece7

 

救世主

世界的に影響力ある方の発言でワクチン信者も少しは目を覚ますだろう 自分の家族や身内に接種後死者や重篤な副反応が出た方は目が覚めている インドがファイザーと揉めて機密扱いの契約書を暴露した事で決定的となった ワクチン欲しいだろと足元を見た契約内容だ 何が起ころうと製薬会社は責任を負わない  納期、価格はファイザーが決める 死者や副反応が出ても公表しない 政府が責任を負うというものだ 従って悪い情報を公表する事は出来ない 公表すれば賠償責任を負うことになる 裁判は問題があった場所ではなくアメリカのファイザーのお膝元の裁判所となりどちらが勝つかは火を見るより明らかだ 接種後にお亡くなりになられた方の因果関係が認められないのも頷ける 公表されている日本国内での接種後死者は2000名近いが厚労省へ報告が上がった分だけであり殆どは報告すらされていない 実数はとんでもない数字だろう 目を覚ませ

 

 

 

230124 ひとり旅 日本所々(17) 承久の乱 I 足尾銅山  別子銅山 世界人口

 

 

 

 

 

 

「足尾鉱山」古河足尾歴史館の掲示写真  2013.05.15 

 

鉱毒水が渡良瀬川を汚し

有毒ガスは山の緑を枯らし、万策つきた

田中正造明治天皇に直訴した

足尾鉱毒事件」の現場です

 

 

古河足尾歴史館にて昭和50年の足尾銅山  2013.05.15 

 

精錬後の汚水は渡良瀬川を下り

立ちのぼる煙は周辺の緑を壊滅させました

(写真の四隅には緑が残っています)

 

 

古河足尾歴史館と展示写真  2013.05.15 

 

これはマズいと立ち上がった人々が緑化計画を始めました

荒れた山肌に種を撒いてもだめなので

  • ヘリで土壌改良剤をまく
  • 草木の種子をまく
  • 種子を守るためアスファルト乳剤をまく

といった段階をふまえ

 

 

古河足尾歴史館と展示写真  2013.05.15 

 

その後に若木を植えたそうですが

歴史館の担当者に訊くと「樹種も選択し」

最初はアカシアを植えたそうです

 

 

古河足尾歴史館と展示写真  2013.05.15 

 

施行前と施行後の組み写真

左の斜面を拡大すると植樹する人たちが見えます

 

 

古河足尾歴史館と展示写真  2013.05.15 

 

昭和と平成が入れ違うころ

裸の斜面が緑の服を着ました

 

 

別子銅山」周辺の森2013.07.12

 

足尾鉱山のみならず別子銅山においても

煙突から吐き出される亜硫酸ガスが山間に滞留し

周辺は禿げ山だったそうです

 

 

別子銅山跡の案内板より 2013.07.12

 

これは申し訳ないと気付いた住友鉱山は

精錬場を瀬戸内の「四阪島へ移転」させたところ

今度は「東予一円に被害が拡大」し

新たな問題を引き起しました。最終的に

「亜硫酸ガスをアンモニア水で中和することによって完全解決した」

と案内板には自慢げに書かれています、が

いわゆる公害が「完全解決」するものかどうか…

まあ堅いことは置いときましょう

精錬場跡から見た「別子銅山」周辺の山々  2013.07.13

 

四国の山風景をつくる

スギ、ヒノキの単層林にマツがちらほら

何も知らずに森の遊歩道を歩くと

「ああ自然が一杯だ」って思いますが

 

ここ別子銅山にも最盛期の足尾銅山と同じ荒涼たる風景が広がっていました。案内板には「明治の初め頃から半世紀で約4000万本の植林を行い、今は緑豊かな自然が蘇っています」「坑内の鉱毒水は浄化したあと海へ放流し」「すでに100年以上も前から真剣に環境保全対策に取り組んできたパイオニアとしても注目される鉱山です」とあります。

 

「真剣に」「パイオニアとして」等の修飾語がやや自画自賛めいていますが、経済の要求と自然保護の狭間で森の緑を護ろうとした(グレタさんとは立ち位置がちがう)企業人の努力が伺えます。訪ねた日の東平(とうなる)歴史資料館は休館でしたが、おそらく禿げ山を緑化した経緯も置かれているはず、機会があればまた訪ねます。

2023.01.24記 つづく

                                                                                      

 

 

< 2023年の現在史 >

1月18日の報道各紙によると

14.2203億人のインドが

14.1175億人の中国を抜いて

世界一の人口国になりました

 

第二次世界大戦後の世界人口は25億人ほどでしたが

わずか70年ほどの間に80億人(2022年)と

3倍強まで膨れ上がりました。

 

1980年代に中国とインドを歩きました

上海の揚子江沿いには狭いアパートを抜け出た恋人たちが愛の群をつくり

デリーの歩道脇ではお乞食さんがずらりと並んで手を伸ばすのでした

どこに行っても群れなすヒトの波を肌で感じたものです

それでも当時の世界人口は50億人程度でした

 

 

ネットより

 

ローマクラブが「成長の限界」を書いたのは1972年です

「100年以内に地球上の成長は限界に達する」

との予想は前倒しで当たり、ヒトは増え、土地は狭く

悪徳がはびこり、争いはやまず

コロナ禍を境に世界は混沌たる坩堝です

 

棒上げした世界人口はやがて

地球の許容量を超え

人為または神の配剤によって

棒倒しにならざるをえません

おそろしい世の中になりました

 

230118 ひとり旅 日本所々(16) 承久の乱H   別子銅山 明石海峡大橋 米大統領選

 

 

 

 

愛媛県別子銅山」跡の案内板  2013.07.12

 

別子銅山の坑道は延べ700㎞

山東京間の距離に相当します

高さ1200m、水面下1000m

鉱山内部は迷路のようですが

残念ながら観光地となった今は

坑道に入り込めません

 

 

別子銅山「貯鉱庫」跡  2013.07.12

 

当時はコンクリートより石の方が安かったのか

それとも美的観点からあえて高値の石を使ったのか

貯鉱庫は城塞のような造りです

 

 

別子銅山跡  2013.07.12

 

何の建物わかりませんが

機能むき出しのモダニズム建築は

産業遺産に登録されそうな風情です

 

 

2013.07.12

 

何も知らずに見上げると

教会かと見紛う鉱山の作業場? 倉庫?

内側にまわり込むと

 

 

別子銅山 2013.07.12

 

経済合理でいえば

現場にお洒落は不要ですが

仕事場が機能一点張りでは寂しいと考えたか

それとも西洋で鉱山学を学ぶうちに

ヤマの建築はこんなものだと刷り込まれたのか

ロマネスク様式の半円形アーチが美しい窓です

 

 

別子銅山通洞入口2013.07.12

 

熊本の通潤橋にはかないませんが

鉱石産業が美的な要求をした結果

石を並べた半円形のアーチが生まれました

朝な夕な坑夫たちは石組を見上げ

美的感覚を身に付けたのかもしれません

 

 

別子銅山のお洒落な第三通洞 2013.07.12

 

この通洞が素っ気ないコンクリートで固められていたら

不用になった今は鉄格子で遮断してハイお仕舞いでしょう

ところがここは左右の石組みにさえ風格があるものだから

釣られて曲線を多用するアールヌーボーでお洒落したのかも

ローマ人が発明した石のアーチに敬礼です

 

 

現役時代の第三通洞 案内板の写真より 2013.07.12

 

たんなる懐古趣味ではなく、通洞には

時代の情熱、創世の気合が見て取られます

 

今どきのトンネルは高度な土木技術によって造られますが

主役は機械であり、人間は脇役です

生まれた構造物から機械力を差し引くと

そこに投入された人間力が残ります

橋やトンネルがもつ風格は人間の努力の結果であり

必ずしも規模の大小とは関係がありません

 

 

デカすぎて画角に入りきらない明石海峡大橋  2022.07.21

 

フェリー甲板から見上げる明石海峡大橋

二つの主塔から垂れ下がるケーブルのしなりと

微かに持ち上げられた橋桁のむくりが調和し

視野一杯の大きさと曲線の美しさに圧倒されます

 

規模の大小は別として美的な意味では

巨大な吊り橋もヤマにひっそり残る第三通洞も

そこに籠められた情熱でいえば

同じことだと思うわけです

2023.01.18記 つづく

 

 

 

< 2023年の現在史 >

2020年に行われたアメリカ大統領選をネットで追いかけました。表メディアがあからさまな民主党支持を展開するなか現バイデン大統領の息子ハンター・バイデンのパソコン流出事件が起こりました。修理に出したパコソンからとんでもないデータが出てきた。これが報道されたらバイデンの勝ちはないだろうというキワモノでしたが、いつしかハンター情報はネットから消えました。

 

二大政党が拮抗するアメリカでは激戦州の優劣が結果を決めます。トランプが先行していた開票途中で一夜明けると世にも不思議な「バイデンジャンプ」が起こりました。が、その矛盾を語ることは「陰謀論」として退けられたようです。翌2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件においても様々な矛盾が指摘されましたが、それも「陰謀論」として捨ておかれました。

 

ところが、なぜか今になってハンター・バイデンの「悪行」が浮上し、バイデン大統領の「機密持ち出し」事件と相まってアメリカでは大騒ぎのようです。日経新聞は1月14日11面で「機密文書バイデン氏も捜査」として伝えましたが、その論調は「トランプが持ち出した機密文書が300以上あるのに対しバイデンは10以上」「トランプは1年間文書を渡さなかったがバイデンはすぐに文書を提出した」といった反トランプ⇒バイデン寄りの論調であり、なんだかな~もっと本質に踏み込んでよと言いたくなる報道ぶりです。他紙NHK民放がどう伝えたかは知りませんが、なんと言っても経済軍事で世界を主導するアメリカ大統領の動向なので、バイデンが好きならその理由、トランプが嫌いならその理由をきっちり伝えてもらいたいところです。

 

 

 

 

230112 ひとり旅 日本所々(15) 承久の乱G 佐渡金山 尾去沢鉱山 ブラジル議会襲撃

 

 

 

 

 

新潟県佐渡金山」道遊の割戸   2022.08.03

 

観光パンフでよく見かける佐渡の相川金山です

なんで真ん中が割れてんだろ

けったいな山やなと思ってましたが

やっと意味がわかりました

金の鉱脈めがけて堀り進んだら

こうなったのでした

 

 

佐渡金山全体断面図  2022.08.03

 

金山のふるさとは?

ぼくのはかない知識によると

熱水に溶けた金が何かの拍子に固まって金鉱脈をつくり

プレートのもぐり込みによる造山活動によって隆起した

日本列島は災害だらけのクニだけど

じつは宝の山なんだとまあ考えておきます

 

 

観光用に整備された佐渡「相川金山」の坑道  2022.08.03

 

天井が落ちぬよう木で支えたトンネルですが

切羽の大半は岩石が剥き出しです

当時は電球などあろうはずもなく

わずかな明かりを灯し闇でツルハシをふるう

地下の仕事には危険がつきものです

 

 

金山堀子之図 2022.08.03

 

蟻塚の断面図のような地下空間です

相川金山は1601年開山というから

明かりといえば油に灯をともす他なく

堀子は蟻のごとく土竜のごとく

闇の坑道を這い回ったことでしょう

上図の右下に描かれているのが、下のジオラマ

水上輪⇒揚水ポンプ⇒人間水汲み機です

 

 

水上輪 (すいしょうりん)   2022.08.03

 

円筒形の木枠の中で坑夫がスクリューを回し

地下水にわずかな高度を与えて次の水上輪に渡します

紀元前3世紀に「アルキメデスが考案した」とありますが

どういうルートで日本まで伝わったのでしょうか

同じものが高知の農地でも活躍したと

郷土資料館に展示されていました

 

 

秋田県尾去沢鉱山」跡入口  2013.05.06

 

尾去沢鉱山は1978年の閉山後「マイントピア尾去沢」という軽い名前のテーマパークになりました。切符売場で「あちらへどうぞ」とトンネル入口を指差され、一人で入った坑道はしんとして暗く、自分の足音がかすかな残響をつくるばかりでした。地底の穴蔵を行くのは心細いものですが、奥まったところで二手に別れる片側の入口は閉鎖されており、真っ直ぐ歩けば出口へたどり着く仕掛けになっています。観光施設だから安全に決まっていますが、光降る地上から黄泉の国へ潜り込むと、頭と体が別々のことを考えるらしく、邪念が脳裏をよぎります。そういえば古事記にこんな場面があったな。迷子になったらどうしよう。脱出はかなわず、闇の中で朽ち果てる他ない。進むべきか、戻るべきかと下らない言葉が群がってきました。

 

 

尾去沢坑道のジオラマ  2013.05.06

 

ヒトの目のASO感度は当節のデジカメなみ

闇に目が慣れると微かな光でも見渡せます

とはいえ窓のない通路は地上でも恐ろしく、まして

いつ落盤事故があるかもしれない地中の作業は死と隣り合わせです

 

愛媛県別子銅山の案内板に下の歌が置かれていました

「地中にはたらくことは慣れながら皆大山祇に礼して這入る」

神学論争は頭の運動です

本当の神さまは、頭(こうべ)を垂れ

肉体で読み取るべき存在なのでしょう

人為を超えた力と対峙するとき人は謙虚になります

 

 

尾去沢鉱山内の神社  2013.05.06

 

地の底にも神は坐します

二礼二拍手あるいは

十字を切ろうと大地に額ずこうと

まだ誰も見たことはありませんが

人がいるかぎり神はいつもどこかにいます

 

この段「承久の乱」に破れた後鳥羽上皇とふたりの息子が隠岐島佐渡島、土佐に配流されたことに触れたくて昨秋から書いているものですが、だらだらと周辺を描いているうちに長くなりました。たぶん春までかかります^^!

2023.01.12 記つづく

 

 

 

< 2023年の現在史 >

1月10日の日経新聞にブラジルの議会、大統領府、最高裁が襲撃された記事が置かれています。トランプとバイデンが争った米大統領選と全く同じ構図なので強い既視感に襲われました。同時にフェイスブックツイッターが特定の見解を排除するという民主国にあるまじき独裁行為を平気でやってのけたことを想起しました。表メディアは触れもしませんがネットには「それはおかしいぞ」という論調が鉱脈のように細く流れています。どちらが正しいかは読み手が何を信じるかによりますが、メディアは襲撃者が何を不満に思って行為に及んだかについては深く掘り下げようとせず、記事はいつも一面的です。

 

愚かにもぼくは、テレビ新聞は正しい情報を伝えるものだと信じていましたが、10年ほど前から何か変だぞと疑念を覚え始めました。2014年にSTAP細胞の論文を発表し時の人となった小保方晴子氏をメディアはノーベル賞間違いなしといった論調で賞賛しました。ところが突如として猛烈な批判に転じ、共同研究者たる理研笹井芳樹博士は不審死を遂げ、合理的な説明も続報もなく事件は人々の記憶の彼方へ押しやられました。強い口調で「STAP細胞はあります」と断じた小保方晴子氏は、STAP細胞とは直接関係のない学位論文における不備を突かれ、いつしかSTAP細胞はないことにされ、彼女の話題はメディアから消えました。しかしネット情報を見るかぎり、どうやらSTAP細胞は存在したらしく、かつ研究成果は外国へ持っていかれたようです。(ウソか本当かは闇の中です)

 

コロナについては申し述べるまでもありません

世界中のメディアが目に見えない恐怖に囚われ

一斉に同じ方向を向いたのではないかと…

数字の扱いが素人目にも異様です

 

巨額の利権が動くという意味において医療と軍事は双璧を成します。日本メディアはロシア(悪)vsウクライナ(善)の構図で戦争を伝えますが、そもそもロシアとウクライナは民族的に不可分でありウロ戦争は内戦に近く、したがって日本人は「近寄らん方がええぞ」という声もあります。プーチンウクライナへおびき寄せられ、バイデンは武器を小出しに提供することによって戦争を長引かせているという説もあります。軍事産業は戦争を必要とするからです。

 

香港はもはや話題にも上りませんが、台湾には緊張がつづき、直近の選挙は「なんかおかしいぞ」という雰囲気でした。台湾と尖閣は目と鼻の先であり、沖縄メディアの論調は反米一色です。愛ちゃんの元旦那さまが所属する卓球チームには沖縄ではなく「琉球」が冠せられています。バスケットボールは「琉球ゴールデンキングス」China由来の金の王とはまた…戦争は言葉がつくります。時代の動きは急です。

230106 ひとり旅 日本所々(14) 承久の乱F 新日本海フェリー 奉納絵馬 塩の道 中露艦隊

 

 

 

 

 

 新日本海フェリー甲板  2022.07.23

 

日本海の荒波を悠々と越えるには

強力なエンジンで巨大船を動かすことに尽きます

2基のディーゼルで2つのプロペラをぶん回し

敦賀舞鶴⇒小樽・苫小牧を結ぶ新日本海フェリー

17.000トン32ノット⇒57.6㎞/hの高速船です

イージス艦の最大戦速と同じだから

船縁の波は後方へ洪水のように流れます

船足にご興味の方はぜひ

 

 

佐渡島泊港のモニュメント 2022.08.02

 

江戸期の帆掛け船は帆が1枚

2枚も3枚も許可すると鎖国にならない

武装した軍団が江戸に向かうとヤバイ

といった理由からのようです

 

 

佐渡島赤泊周辺の民家  2022.08.02

 

お屋敷の庭になぜ

船が乗っかっているのかは謎です

船は島と本土を結ぶ大切な手段なので

船の神さまを祀っているのかも?

 

 

新潟県寺泊白山船神社の奉納絵馬  2013.05.15

 

北前船日本海を自在に航行し

船乗りは海の「安全を祈り無事を謝して」

神社には船絵馬52点が奉納されています

 

絵の真ん中で帆が風を孕み

青海波に浮かぶ船の向こうは、水平線上に

旭日ギラギラという元気絵です

 

板子一枚下は地獄の

海上交通が賑わったのはカネのため

カネの成る木は欲しがるヒトのいる土地に生える

作る⇒運ぶ⇒高値で売りまくる

その稼ぎで仕入れたモノを別の土地へ運ぶ⇒売る

という商の原則に則って船乗りは差額を得たわけですが

海の仕事に危険は付き物なので

懸けた命と得たカネの均衡点において

貿易が成り立つことは今も昔も同じです

 

水夫(かこ)の給料は高くなかったようですが

頑張れば稼げるシステムが組み込まれていたらしく

気合の入った絵馬からも乗組員のやる気が見えます

 

上の奉納絵馬は明治15年の作です

新橋・横浜を初めて列車が走ったのが明治5年だから

貨物列車が日本列島を縦横に移動するにはまだ間があります

 

当時の陸上交通は馬が主役です

道草喰ってサボろうとする馬を急かし、馬と並んで

森の小道を歩いたところで物流量は知れたもの

重い荷物を水に浮かべる海運が圧倒的に優勢でした

 

 

舗装路脇の「塩の道」 2016.03.26

 

高知県赤岡町に「塩の道ウォーク」というイベントがあります

海で取れた塩を馬に載せ馬子が歩いた山道を

おれらも歩いて昔を偲ぼうという記念行事です

 

海辺の町に朝6時集合

バスで30分ほど走った物部川の上流が出発点です

峠を越え、谷を渡り、歩き疲れて戻り着いたら日が暮れて

機械力との圧倒的な差を自分の足で感じました

 

 

途中の休憩所に張られていた写真  2016.03.26

 

馬にも種類がありまして、このお馬さんは

競馬場で疾走するサラブレッドではありません

昭和30年代の田んぼで鋤を引いた牛より小さい小馬です

馬子とならんで細道を行く小馬は絵になりますが

背に載せた塩の量はわずかなものです

 

明治期には陸上より海上交通が優勢でしたが

やがて陸路が整備され帆掛け船では対抗できなくなります

のみならず情報通信が発達し

行く先々の客が相場を知っているものだから

べらぼうな掛け値がバレてしまうことも

北前船の劣勢につながったようです

 

 

寺泊の魚市場にて 2022.08.05

 

話は飛びますが、

2013年の夏この寺泊からフェリーで佐渡島の赤泊へ渡ろうか、それとも海岸線に沿って山形へ上がろうかと迷ったのが昨日のことのようです。当時は何の不安もなく内外をひとり旅できました。ところがわずか10年のうちに世界は激変し、国内移動さえ有形無形の負荷が掛けられるようになりました。つくづく不機嫌な時代になったものです。

 

 

< 2023年の現在史 >

その不機嫌に至る大きな節目は武漢コロナが世界に蔓延した2019年でしたが、伏線は2012年China全土における(作られた)反日運動、あるいはプーチン大統領と朴薫恵大統領が天安門に登壇した2015年の軍事パレードにあったように思われます。長く欧州に滞在した友人が「欧州の歴史は戦争の歴史だ。農閑期になると戦争が始まる。忙しくなると紳士協定が結ばれる」とうまいことを言いました。人間ヒマすぎるとろくでもないことを仕出かしますが、国家レベルにおいても本質は似たようなもの、武力と経済の余剰が戦争をつくります。コロナの混乱に乗じて香港は自由を奪われ、プーチンの気まぐれでウクライナは今あのような状態です。

 

日清戦争日露戦争の結果をぼくらはよく知っています。国家もまた個人のごとく歴史の恨みを晴らしたいという暗い欲求があるものならば、2021年10月19日に中露の軍艦が津軽海峡を越え、太平洋を南下し、大隅海峡を抜けた行為が何を意味するか、およその想像が付きます。人口2600万にして世界最貧国の北朝鮮が自力で核兵器をつくりロケットを製造する技術力経済力を待つかどうかも少し考えれば分かることです。

 

戦争はいけない。平和が尊いことはあたり前ですが、どうやって戦争を避け、平和を維持するかについてぼくら戦後世代は思考停止しました。日本は攻めないから攻められることはない。ヤバイことは外交で解決せよという意味不明な催眠術にハマり、とりたてて波乱もなく戦後77年の平和をたのしみましたが、普通に考えてその幸せは終わりです。次なる争いがウクライナのように火を噴く戦争になるか、静かに魂を抜かれる戦争になるかは不明ながら今の日本が、かつてない危機にあることは確かです。にもかかわらず政治のお粗末さを見るにつけ桑原桑原です。

 

2023.01.06記 つづく

 

 

 

 

 

ひとり旅 221231 日本所々(13) 承久の乱E  新古今和歌集冬歌 請戸小学校

 

 

 

 

隠岐新古今和歌集 冬歌末尾

 

右の歌のお題は「海辺歳暮」

冬と春が交替する年の暮れ

寄せては返す波に濡れ、涙とともに

過ぎゆく年を惜しみました

 

行く年を雄島の海人(あま)の濡れごろも重ねて袖に波やかくらむ  (藤原有家朝臣)

 

諸行無常は世の常、時は去り、人は老いてゆくわけですが、それはさておき素潜りファンとしてはちょっと気になるのです。正月元旦の朝、車の窓ガラスの霜を払い、お師匠さんにもらった頭部つなぎのウェットスーツに5㎏の鉛を腹巻してサンゴの海に潜ったことがあります。海水温が最も下がるのは3月なので正月の海は見た目ほど冷たくはないのですが、それでも冬は冬、お師匠さんから「低体温症に気をつけろ」とメールがありました。

 

黒潮洗う高知県でも寒いのだから宮城県は寒流域の12月に厚手のゴムではなく綿の「濡れ衣」で海に入り風に吹かれたらヤバイんちゃう? と体験的に思います。都で暮らす朝臣ともあろうお方が真冬の海でアワビ採りなんかするわけないのでこれも頭で描いた観念的な歌なんかなと…

 

 

福島県浪江町「震災遺構」として保存された請戸小学校 2022.07.31

 

隠岐新古今和歌集では省略されていますが

定家が編んだ新古今和歌集には

藤原有家につづき寂蓮法師の歌が置かれています

 

老いの波越えける身こそあはれなれ今年も今は末の松山  (寂蓮法師)

 

津波は「末の松山」に達し、年は暮れ、

人生の終わりも近づいた南無と暗い解釈をしておきます

(暗すぎるのが隠岐本で削除された理由かなと)

 

 

当日のまま保存された請戸小学校の教室 2022.07.31

 

歌を単体で詠めば31文字のなかに

意図するすべてを投入せねばなりませんが

本歌取り」してイメージを膨らませる技もあります

以下は、その本歌

 

きみを置きてあだし心をわが持たば末の松山なみも越えなむ (古今集東歌)

 

キミのこと大好きだよ 浮気なんかしないよ

そんなことしたら津波が「末の松山」を越えてしまうから

と男女の愛を明るく詠んだ素朴な歌です

 

 

請戸小学校に掲示されていた祈りの写真 2022.07.31

 

同じく「末の松山」に想を得た

定家好みのややこしい言い回しの歌が

百人一首42番に置かれています

 

契りきなかたみに袖を絞りつつ末の松山浪こさじとは  (清原元輔)

 

別れの涙で袖を絞って約束したよ

津波が来たって「末の松山」は越えないから

つまり浮気せんから心配すんなと言いくるめたわけですが

いきなり弁解がましいような気も^^!

 

新古今和歌集」「隠岐新古今和歌集」とも冬歌末尾は

定家の父「皇太后宮大夫俊成」の歌でしめられています

 

今日ごとに今日や限りと惜しめどもまたも今年に会ひにけるかな (藤原俊成)

 

日の暮れ、年の終わりは寂しいものですが

一夜あければ朝になり今年が始まるので

元気出して頑張ろうと

新たな年を言祝いだ歌です

 

みなさまには

良いお年をお迎えください

2022.12.31記 つづく

221227 ひとり旅 日本所々(12) 承久の乱D 佐渡島 パラグライダー モロッコ セネガル

 

 

 

新潟県出雲崎から見た佐渡島  2022.08.05

 

荒海や佐渡に横たう天の川  (芭蕉)

 

芭蕉が新潟を歩いたのは

旧暦7月⇒新暦8月にあたります

夏の日本海は湖のように穏やかですが

冬場は嵐のごとくです、してみれば

 

冬の「荒海」と夏の「天の川」は取り合わせが悪く

句は芭蕉の観念的創作ではないか説も成り立ちます

しかし芸術は必ずしも現実を写すものではないから

まあいいじゃんってことで…

 

 

新潟港⇒両津港へ向かうフェリーから見たカモメ  2022.08.02

 

なぜ鳥は風上に向け

羽ばたきもせず浮かんでいられるのか?

ヒミツは羽の形状にあることを近ごろ知りました

上下を流れる風によって気圧差が生まれ

揚がる力と下がる力が拮抗することに

気付いたヒトは天才です

 

 

高知県土佐市のテイクオフ基地にて  2019.11.10

 

落下傘なら誰でも思い付きそうですけども

パラグライダーで鳥になったヒトは

頭がよくて勇気もあります

 

 

離陸失敗  2019.11.10

 

たまにこういうこともあり

降りようとして木にひっかけたりもしますが

大きな事故は滅多にありません

 

 

高知県土佐市  2019.11.17

 

悟空との闘いを待つセルではなく

風を待つハングライダーです

 

 

尾翼付きのハングライダー  2019.11.17

 

パラグライダーとハングライダーは

どちらがエレガントかと問われたら

1も2もなくパラグライダーでしょう

 

パラグライダーは上下運動が得意

この日のために山形県からやってきた女性は

上昇気流をつかむなり、あっという間に点になり

「ガーいま1400mですピー」と無線の声を降ろしてきました

 

ハングライダーは水平移動が得意

100㎞/hも出せるそうですが

空中だと視野に距離があるので

さほどのスピード感はないのかもしれません

まあ乗ったことがないので何とも言えませんけど

 

( 2019.11.17 パラグライダー ビデオ )

 

 

同じ原理でウィンドサーフィンは

風に向かって斜めに進み

背を向ければ空を飛ぶ勢いです

折りあらばオレもと思ってきましたが

体力的にもう無理ですね

若い頃やっとくべきでした

2022.12.27 記 つづく

 

 

 

< 2022年の現在史 >

終わりましたがW杯

ロッコvsフランス

旧植民地vs旧宗主国の闘いは

残念ながらフランスの勝ちでした、が

スペイン、ポルトガルを倒しての対フランス戦なので

ロッコ国民には万感迫るものがあったことでしょう

 

そのむかし初めてヒコーキに乗り

フランス経由モロッコへひとり旅しました

青年海外協力隊の友人宅に居候しフランス製のボロ車で

各地に分散する協力隊員を訪ねてまわると

空き地で少年たちがボールを蹴っていました

サッカーはボールひとつで22人が遊べます

帰路はモロッコ北部の港から

フェリーで地中海を渡りスペインへ入りました

 

アフリカ大陸の人々には

海を隔てた欧州の国々に

強者vs弱者の複雑な思いがあるようです

絶対優位のスペインを負かしたあと友人から届いたメールに

 

スペインに着いたモロッコ人家族の

オドオドした頼りなさそうな風情を見て

ロッコ人だろ!

思い切り胸を張れ! 大股で歩け!

と叫んだ彼(協力隊仲間)の声を思い出す

とありました

 

ロッコに滞在した友人は後にセネガルへ異動、今次

そのセネガルも対オランダ、カタールエクアドルと勝ち上がり

最期はイングランドに0-3で負けはしましたが

欧州、南米、アジア、アフリカのうち

いちばん伸び代があったのは

アフリカ勢のようです