Korea点描 リアルタイム編⑥

放射線

昨日の中央日報日本語版「韓国環境部、日本産石炭がら放射能初めて全数調査…測定機の数値が倍に跳ね上がる」の記事にはさすがにムカッとしたので一筆。

『簡易測定機で石炭から表面の放射線量を測定した。数値が1時間当り0.23マイクロシーベルト放射線測定単位)まで高まった。石炭がらと落ちたところで測定した背景濃度数値(0.11~0.14マイクロシーベルト/h)よりも倍近くになった。原州環境庁担当者は、管理基準である0.3マイクロシーベルト/hより低く、輸入には問題がない水準」と説明した 』(190903中央日報日本語版)

「数値が倍に跳ね上がる」という素人相手の煽情記事は韓国紙の得意とするところですが、倍に跳ね上がっても0.23マイクロシーベルトだからどうということのない数値です。管理基準が「0.3マイクロシーベルト/h」とあるので、韓国では0.3あたりが緑ゾーンと黄ゾーンの境なのでしょう→するとぼくがロシア製の簡易線量器で計測した旧ソウル駅構内の最大値は0.3マイクロシーベルト/hだったので巷間言われるようにソウルもヤバイんちゃうとまあ思ってしまうワケです。

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190822 旧ソウル駅 花崗岩の列柱が美しい入口ホール

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190822 ホールの柱の下に直接置いた線量計

ソウル駅周辺に線量計を置いたところ、すべて0.2以上を示し、それは0.1強が普通の西日本では見たことのない数値だったのでオヤけっこう高いじゃんと思いました。ちなみに花崗岩質の四国は数値が高めに出ると言われ、高知の拙宅に置いたロシア製の線量計0.08~0.17を行ったり来たりしています。ロシア人が設定した三色分けではもちろん緑ゾーンの安全圏です。(あくまでγ線しか測れない簡易線量計なので数値は大雑把なものでしょう)
 
同記事には以下のカキコがありました。このヒトもムカついた一人なのでしょう。
 
『そもそも石炭を検査すれば元々放射性物質は含まれてます(含有している)。例えばK-40、Th232、U-238は自然に含有しています。K-40(放射性カリウム)自体は人間誰もが5000ベクレル程度体内に持っている。放射性物質と一括りでは無く、Cs-134、137の検出結果を示すべき。常識なさすぎる。』(twitter blackholes 2019-09-03 08:37:56)
 
 ついでに言えばブラジルのガラパリは自然放射線量が世界一高いことで有名です。その年間被曝量10ミリシーベルト/年を365日+24時間で割ると1.14マイクロシーベルト/hとなり、ぼくの線量計では文句なしの黄ゾーンに入りますが、いくら調べてもガラパリ市民に健康被害はないそうだから人間って案外丈夫なのかもしれませんね。マイクロシーベルトの1000倍がミリ、その1000倍がシーベルトです。この単位で放射性物質に抱きついたら確実にあの世行きですが、マイクロ単位の低レベル放射線量に閾値はあるかないかというのは議論の残るところだそうで、まあ飛行機に乗るだけで誰もがそれなりに被曝するわけだし、生物の進化には放射線も一役買っている説だってあるしで、石炭灰の放射線量をもっともらしく記事化するのは、どう考えても「ホワイト国」後の嫌味としか思えません。
 
 かの国があの手この手でしつこく嫌がらせをするのはなぜか、近年のネット記事を追いかけているとほぼ分析は終わっているように思われますが、ぼくなりの結論を求め、本年3月に出版された松本厚治著「韓国反日主義の起源」(草思社を二読三読し、その論旨に共感しつつ唸りました。出版されて間もないこともあり、また定価が4500円とお高いこともあってか、今のところカキコ氏が引用したものを見たことはありません。本書ではイアンフにもチョウヨウコウにも触れられていませんが、反日イデオロギーの原理を見事な筆で説明しており、引用文献の一覧を見るだけで凡百の嫌韓本が冷めて見えるほどです。が、悲しいことに論述の最後まで明るい光が見えず、かくも陰気な結論を導くために著者は後半人生の相当時間を割いたのかと思えば気の毒な気さえします。圧倒的な物量をもって論考した鋼のような事実factを前に韓国人は何を考えるのだろうか。いやおそらく何も考えないだろう。そもそも読まないし翻訳されないだろう。仮に翻訳されても不都合な事実は改竄されるだろうと失礼ながら経験的に思い当たるフシがあり、本書は自分の鏡でもあったから、何だかなぁとぼやきながらのソウルひとり旅でした。

 
追記

通常、線量計生殖器の位置を想定して地上1メートルの高さに置かれます。土から離せば線量は低くなりますが、足の裏はいつも大地に触れており、地べたに腰を下ろせばお尻に当たる線量は増えるわけだから、ぼくは線量計を土の上に置くことにしています。以下、地べた接触方式でフクシマを回ったときの記録を添付します。通常の測定値より高めに出ます。ご参考までに。

 
190903記
 

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161002 福島県飯館村と山木屋の中間点

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161002 福島県長泥地区除染済地帯(一般車侵入禁止地域の手前)

森の中の除染とは、道路脇20メートルの範囲で下草を刈り、巨大なフレコンに包んで田んぼの仮置き場に集積することでした。

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161002 フクイチ近くの国道を走る車の中で線量計が赤ゾーンに入った

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161002 国道脇フクイチへの進入路

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161002 コンクリート上に置いた線量計が19まで上がった

 

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Korea点描 リアルタイム編⑤

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→190823ネット記事から転用

 

8月23日に起こったソウル弘大での日本人暴行事件がネット上で議論を呼んでいます。地べたで両足を開いた女性の股に男の左足が差し込まれた見事なショットで、たまたまとは言え、あの瞬間をこのアングルで捉えた写真ワザに敬服します。

男は「暴行したことはない」と容疑を否認し、映像は「捏造されたもの」と主張したとか。今どきの都会ではあらゆる場面を監視カメラが捉えているから、嘘をついてもすぐ見破られるはずですが、にも拘らず否定と曲解の言葉で自己弁護するのは、認めたら負けという半島文化に由来するものでしょう。これが日本なら、分かりきった嘘をつくより正直に吐いた方が警察ウケは良いはずです。嘘はつくな。約束は守れとする日本の神と、嘘と約束を違う次元で解釈する韓国の神がネット諸子を困惑させています。両国文化を比較する上で興味津々の事件でした。


190827記

 

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Korea点描 リアルタイム編④

かつて新聞テレビは公平公正を旨とし読者視聴者に判断材料を与えてくれるなどとマジに思ってましたが、実はメディアはそれぞれの社是に従って情報を加工するから書かれたことより書かれなかったことの方が大切で、さてこの紙は何を隠しているのだろうとヒネた目でものを見る癖がつきました。

だからといって自分の足で歩いても目に入るのは森羅万象の一点に過ぎません。事実はひとつと言われますが本当は解釈する人の数だけ事実があり、事実の集積たる歴史もまた座標の数だけ存在する、、とまあ理屈っぽいことを考えているうちに韓国の友人が遠路ソウルまで訪ねてきてくれたので飲み屋を探す道がてら日本の商品を扱うお店を覗きました。

日本製文具はKoreaの若者に人気です。そのむかしKoreaのお嬢さんに極細ボールペンをお土産にしたところ、さすが女子高生で「これほど細い線が引けるのは日本製だけ」だと知っていました。日本製品が優秀であることとたまたま日本に生まれたぼくとは何の関係もありませんが、所属する共同体が褒められると妙に嬉しいものです。その日本製文具が反日意識を拡散させる格好のターゲットになったのだろうか、どうなんだろ、ともあれ立ち寄った文具屋の日本製品は全部撤去されていたようです。

噂のUNIQLOは一応明かりが付いてましたが、客だか店員だか分からない人の姿がまばらでした。Canon  Nikon 他のカメラを一杯並べた中古屋にも客の姿は見えず店員はやる気がなさそうでした。可哀想なのは日本料理屋で二階の窓に客の影法師がひとつ揺れるだけ、別のお店を覗いても客の姿は見えなかったです。中華料理屋でビールを頼んだら地元ビールが出てきました。普段はアサヒもあるそうですが、、

 

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→190821大田駅前広場にて

「安倍糾弾大田市民」「独立運動はできなくても不買運動はできる」とする巨大な横断幕が駅前に置かれ善男善女はその脇を歩いて通勤する。おそらくこの横断幕は全国津々浦々で揺れておりメディアは反日で持ちきりだからUNIQLOが一部撤退したことも分かる気がします。

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 →190821ソウル市日本大使館前の水曜デモ。 カメラの砲列に混じって撮った絵だから写る気満々の人たちかと、とりたてて肖像権というものに拘る人はいないでしょう。

イアンフという悲劇の神話に包まれた像とそれをとりまく人間の関係はもはや宗教の領域にあるようにさえ見えます。政治と宗教は語るなというのが旅行者の鉄則で、それが日本人に関係のないところで行われるマツリゴトであれば迂闊に言葉を置くことは憚られますが、なんといってもこの像は事実関係を曖昧にしたまま日本人を侮蔑する象徴でもあるわけだから、それなりに物思う私も一言申し上げたく、

韓国人得意の横断幕が揺れ、マイクの声に唱和して怒声三発、シュプレヒコールが投射される向かいのビルには、警備の警察いわく「7階だか8階だかに」日本大使館があります。いわゆる「水曜デモ」は1992年から続けられているそうだから息が長く、かつては若かった参加者も高齢化したのか年配の方が殆どでした。

後方の横断幕やプラカードには「強制侵略糾弾」「強制徴用謝罪せよ」「独立」「安倍野郎」等の文字が揺れます。興味深いのが「安倍NO日本NO」の文言で、安倍政権と日本国を同時に批判するわけですが、アベはさておき「日本NO」として日本国民の総てが否定されると戦後生れのオレたちもいけないことになり、韓流ファンの皆様さえ巻き添えを喰うわけで、それはやりすぎだという反省から「日本NO」は外され、今は「安倍NO」が一般的ですが、ここではまだ生きてました。
 
思いますにそれは、日本軍はノーだが日本人はむしろ軍部に支配された犠牲者だとするChina発の智恵ではないでしょうか。あるいはナチスはいけないが戦争に駆り出された国民はむしろ犠牲者だとするドイツ式の「ツートラック」ではないでしょうか。軍と国民を一括りにしてしまうと後々問題が残ることから、あえて両者を分離した戦後処理の智恵ではないかと思うわけです。
 
 
190826記
 

 

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Korea点描 リアルタイム編③

仁川空港でSIMカードを差し替えれば問題なくネットが使えると信じていました。台湾では何の問題もなかったから韓国でもと予断した自分がばかで擦った揉んだの末SIMカードは諦め、たまたま近くにお店があったWi-Fiルーターを借りました。

 
SIMカードは5日間2700円ほどですが、ルーターは日に300円→1500円で済みました。ただし10万ウォン→1万円の信用保証をクレジットカードで取られたのでカード恐怖症のぼくはなんだか不安です。ホテル予約もカード決済だからフロントで顔を合わせた段階でお金は支払われています。問題はまじめに決済してよねってことですけど、心配症なんでしょうか^^ 

 
韓国はだいぶ前からカード社会です。行政が国民の幸せを願って頑張ったとも考えられますが、消費を促し経済の活力源にしようと目論んだ説の方が正しいような^^;  いい気になって酷い目にあった人も多いんじゃないかな。

 
さて仁川空港はべらぼうに広いです。予約したホテルをGoogle mapで見ると空港のすぐ近くだから歩いて行こうとしましたが、実はとんでもない距離だということがわかりタクシーを呼びました。おまえは日本人かと訊くから、そうだと応えて会話は終わり。握りしめたスマホGoogle mapを見ていると初めは予定通りの道を走っていましたが、途中で大きく迂回しました。

 
Googleが間違っているのか、自分の入力ミスかと疑いましたが、どうやら後ろの客がGoogle mapを開いているとは知らない運転手が意図的に遠回りしたようです。それでもちゃんとメーターを傾けていたから12000ウォンのところを20000ウォン払ってお釣りを貰おうとしたら一枚足りません。

 
おかしいんじゃねって態度で示すと指で挟んだ1000ウォン札を渋々出しました。別れ際にmapを見せて遠回りしたことを指摘すると大声で何か喋りはじめてご立腹でした。正論で弱点を突かれると論点をずらしたり怒りを爆発させたりするのは、運転手に限らず、誰の心にもある反応のメカニズムです。しかし、

 
そのむかし早稲田大学は土木の教授が講演で「三師三方」なる四字熟語を教えてくれました。「土方馬方舟方、山師詐欺師教師」というのがその答え!そうか馬方とオレらは仲間じゃんて、落語ならお後がよろしいようでってことになりますチョン!(↩︎これ拍子木よ、ややこしいことまで斷らんといかんの世の中になったものです)

 
ちなみにKoreanの名誉のために付け加えておくと、その程度のことは台湾でもあったしタイでもラオスでもたぶん日本でも、どこでもある話です。運転手さんも暮らしが楽じゃないってことの証しでしょう。

 

190822記

 

 

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Korea点描 リアルタイム編②

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飛行機の切符をネット予約するのは意外に手間取るもので詰めの段で時間を浪費してイヤになります。twayの予約時に座席指定が出来なくて困りました。ところが当日カウンターに行くとちゃんと窓際を指定されていたので驚きました。


廃線も近いかなと思われるLCCの座席はガラガラ、乗客は飛行機のバランスをとる重しでもあるから人間を分散させたらたまたまぼくの席が窓際になったのでしょう。しかも日差しの反対側、翼に邪魔されず景色が見える一等席でした。

高度1万mという途方もない高さは長い人類史の中で現世代が初めて獲得した神の目です。みんな慣れっこになったから目の下で地図が動くことに取り立てて感動することもないようですが、この高さから下界を見下ろした人間は低軌道の静止衛星に乗ってもさほど驚くことはないのかもしれません。すでにぼくらは宇宙飛行士と似た視点を持つに至ったわけです。

眼下に広がるKoreaの大地は緑のカンバスに高速道路がゆるやかな曲線を描いていました。その緑がいたるところで削られ赤茶けた工事現場が広がっています。深い緑と浅い緑の縞模様はゴルフ場です。

個人所得が3万ドルを超えたKoreaでは、かつて日本が経験したバブル期のごとく経済は舞い上がり、民心は高揚していたに違いありません。日本何するものぞと息巻いた文在寅大統領の「二度と負けない」発言は経済の熱狂に支えられてのことでしょう。

すべての価値がカネに換算できるものならば持てる者ほど幸せだという単純な方程式が成り立ちますが、カネは交換価値に過ぎず、モノやコトと交換して初めて意味を持つわけだから、欲するものに直接触れた人間はカネを介さず幸せを掴んだことになります。

ゴルフ好きはカネの力で掘り返したグリーンやバンカーを見て幸せになりますが、山歩きが好きな人は野の緑にじかに触れて幸せになれます。だからおカネが要りません。

とりあえず暮らしを確保したKoreaの友人たちは口を揃えてウェルビーイングを語っていました。からだ元気、おカネそこそこ、休日に何をしようか、リタイヤしたらどうしようかと実は心の中で迷いつつ生きることの意味を問うていたわけです。

本当のカネ持ちが幸せかどうかは知りませんが、ナッツリターンで一躍有名になった大韓航空のご令嬢が決して幸せそうなお顔ではなかったことからも、使えもしない個人資産と人の幸福とはあまり関係がないのではないでしょうか、、というようなことを考えながら下界に降りてソウルの街を歩きました。

f:id:sakaesukemura:20190822090334j:plainソウル駅舎遠景。右手は旧ソウル駅舎。

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赤いレンガ造りの見事な建築である。1910年の韓国併合後、1925年に造られた。 

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朝鮮総督府の建築は、場所が場所だけに市民ないし政治家の反感を買い壊されてしまったが、ソウルには石造りの豪壮な建物が至る所に残存している。Bank of Koreaはごっつい花崗岩をふんだんに使い天井を欧風に高く取った空間だ。

高知なら追手前高校をイメージしコンクリートを石に置き換えればいくらか想像できようか。旧小津高校舎は天井の高さに加えて入口ホールがロマネスク様式の丸みを持つ愛らしい空間であった。知り合いの建築家が「追手前より小津の方がずっと面白いですよ」と語るのを聞き、興奮したぼくは一橋大学にも残るという小津高校ロマネスク様式の入口ホールに惹かれて職場を変えた。

学生のころ友人に連れられて東京大学安田講堂の地下で飯を食ったことだが、振り返って思えば東大の尖りアーチより丸っこい小津の方が立派な感じがする。

で、小津旧校舎は高知の建築家が猛反対する中で改築派との折衷案が採用され見るも無残なキメラになった。そこで仕事をしているうちにだんだん腹が立ってきたからぼくは転勤希望を出した(^^;

ちなみに旧中村高校舎は木造だったから二階の教室で授業が始まる前、起立礼をする40人の足音が一階の職員室にいて手に取るように分かった。木造には問題もあるが今となっては取り戻せない美徳も一杯ある。中庭の樹木がバッサリ伐られた際は正に倒れようとするとき生徒を廊下に並ばせて見送った。

やがて選手交代したコンクリート校舎には一面の合理性はあるものの木造校舎の持つ木と心の対応関係が、悲しくもきれいさっぱり捨てられちまったので今の校舎には何の郷愁も覚えない。

それは単なる懐古趣味と切って捨てるより遥かに重大な意味を持つことがこの歳になってわかった。ソウルの旧朝鮮総督府が壊されると知った年には最後に一目見ておきたくて飛行機に乗った。

それとほぼ同時期に建てられた台湾総督府は完璧に残されており今も総統の仕事場である。台湾旅行の目的の半分はここだったから塀の柱の一本一本を確認しながら正面に回り込み、全景を見るためにとっと後ろまで下がったり、入口で護衛する武装兵に叱られたりしながら半日かけて眺めた。建物には時代の精神が形として残る。

半島儒教を背負ったKoreaの政治は過去を全否定し歴史を破壊するところから始まる。ぼくは高麗時代の仏教文化に惹かれるのだが、高麗の仏教遺跡も残されたものはわずかだ。「石窟庵の仏像を発見したのは日本人でした。このことを我々は恥じるべきです」と李栄薫教授は言う。してみれば対馬の仏像も日本人が暴力で奪ったとは考えにくい。止めどもなく続く日韓歴史論争の本質は、過去を否定するか、歴史として遺すか、この辺りの考え方の違いに潜んでいるのではないかと思う。

 

190821 記

 

 

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Korea点描 リアルタイム編①

ふと思い立ってソウルへ🛫行く途中いま関空です。隣のカウンターはChina語が賑やかなのにウチはがらがらKorea語は全く聞こえません。これって、ひょっとして、、

高知市からバスを乗り継いで関空まで7時間。飛行機は90分のフライトです。ぼくがいつも乗るのはピーチ🍑とかソラシドエアというマイナーなLCCですが、今回はtwayというこれまた珍しい名前をネットの安売り情報で見つけました。切符代は高知大阪間のバス代くらいです。

去年の今頃エアアジアに乗ろうとしたら関空へ渡る橋にタンカーがぶつかって大騒ぎになりました。切符がぱあになったので生まれて初めてANAというメジャー機で成田へ飛び折り返しバンコクへ向かったことでした。高い切符を買わされました。

関空は空港ですがイタリア人のデザイナーが手がけた流線型の天井が好きで、その昔この建物を見るためだけにやってきたこともあります。大前研一によると空港なんてのは飛行機が飛べばよいので建物にカネをかけるのは馬鹿げているそうです。理科頭のビジネスマンにはそうかも知れませんが、ぼくなんか何度来てもフェラーリの曲線というか篠山紀信のヌード写真のようでもある柔らかな曲面に惚れ惚れとしますけどね。今から搭乗です。

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機内写真を添付します。ヒコーキには何度も乗りましたがほぼ空っぽの客席は初めて! 政治対立の具体的な形なんでしょうね。大韓航空がやめたわけだ。

外務省の危険情報ではデモには近づくなというお達しがでています。日本大使館前のあの像にも面会する予定ですがどうやらアレは信仰の対象のようでもあるからそれなりの敬意を払わねばならんのでしょうか、どうなんだろ、、今回はソウルの裏街を一人でふらふらしながら写真を撮る予定です。

さきほどネットニュースで大韓航空アシアナ航空LCCジーンエア、今日ぼくが乗ったtwayが日本便を停止ないし大幅減便するそうです。写真のように人影がまばらな客席では経営にならんでしょうね^^;  (iPhoneで書いていると目がチカチカします。乱文ご容赦ください)


190820 助村

 

Korea点描①

令和の令月に
おまえを島流しにする。ついては一冊だけ本を持たせてやるが?と問われたら新古今和歌集にするか万葉集にするかで悩みそうです。半年で戻すという条件なら水茎の跡も麗しい隠岐新古今和歌集を暗記するほど読み込むのも人生の一興かなと、しかしスマホも使えない無人島に2年も3年も置き去りにされるのであれば貴人から庶民まで4500首もの歌を載せた万葉集をポケットに忍ばせてロビンソンクルーソーする他ありません。令和の元号万葉集「初春の令月にして気よく風和ぎ」から導かれたとのこと。ウチのトマトは麗月レイゲツなので^^; これも何かの因縁かと夏も近づく八十八夜の温室でせっせと考えました。


真実は無数にある
ご承知の通りネットのカキコには安本丹みたいな落書きから、こいつボケかましてっけどそのスジの者だなと思わせる意見書まで何でもありです。もらってんじゃねえかと邪推したくなるヨイショ記事があるかと思えば、どさくさに紛れて真実をリークする奴もいて情報の風景が昔と違ってきました。今どきの日本人は皆もの知りだからオレ新聞社の主筆でござるなんて言われても中身が薄いと「お前バカだろ」って一蹴されます。1人の論説対書き込み千人万人の時代にはどちらに軍配が上がるか分からない、というより読み手の理解が記事の価値を決めるとしたもので、真実は絶え間なく揺れ、何がなんだか分からない時代にぼくらは放られています。昔は紙の新聞が価値を決めてくれたので読者は迷わず生きられましたが、今は何もかも自分で決めなければなりません。「みんな自分が分からない」というのはビートたけしの名コピーですが、嘘と真実をまぜこぜにした情報の海でぼくらは溺れかけています。我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのかと人生の意味を求めてさまよったタヒチ島ゴーギャンみたいなものです。


令和の典拠
「新元号の出典が漢籍ではなく初めて日本古典となったことについて、中国紙の環球時報(電子版)は“中国の痕跡は消せない”の見出しで、引用元の“万葉集”も中国詩歌の影響を受けていると指摘。ネットユーザーは新元号のもともとの出典は後漢の文学者、張衡の韻文“帰田賦”だとの主張も目立った」190401配信産経新聞


環球時報は、令和のルーツが万葉集からの引用であるにせよ、万葉集自体がChinaの文化的一部にすぎないのだから“中国の痕跡は消せない”とするものです。帰田賦とは何かとネットを探ると「令和の元ネタ張衡・帰田賦は愚昧な安帝と側近たちの腐敗政治、自由すぎる奥方に乱れきった治世はもうヤダという漢詩だった」と面白おかしく解説したカキコに出くわしました。ネット諸子は、令和の源流が政治の腐敗にまつわる漢籍にあったとするもので、その典拠の由来をもって新元号の独自性を汚しています。それを真に受けた善男善女が、自説のごとく蘊蓄をひけらかし、返す刀でアベ政権を印象批判し、鬼の首を取ったかのような言説を吐いていますが、世の中には暇人がいるものです。


「初春令月、気淑風和」(万葉集)は、
「仲春令月、時和気清」(帰田賦)の引用だから、
元ネタは漢籍にあり「令和」は孫引きだ。だから万葉集は中国の影を引きずる。やはりChinaはえらい!Japanは下だとするのが物事を斜めに見るカキコ子のロジックです。しかし文体事例が古代中国にあるからといって「令和」の何がいけないのか? 文には着想のタネが要るので、先行事例に形式を借り、あるいは内容を少しずつ塗り替え、独自世界を模索するのが文章の基本です。そもそも漢字はChinaから伝わったものであり、平成以前の総ての元号がChina由来であり,それがおかしいなんて誰も言わなかったのに典拠を日本の古典からとった途端に談論風発だなんて、、


日本の8世紀に編まれた万葉集の文例が、紀元前後の漢の時代にあるのなら、漢以前に遡れば、令と和の組み合わせなど事例はなんぼでもあるはずで、孫引きどころか曾孫ひまご、玄孫やしゃご、来孫らいそん引きだってありでしょう。「令和」を批判する人は自分でも気付かぬうちに悪意あるオペレーションシステムに方向付けされているのではないかとまあ思ったりするわけです。理知を気取る人がふと矛盾を覚えて何かを呟いたとき仲間の冷笑を受けて引っ込むというあれです。日本政府が典拠は帰田賦だと言明したのであれば問題ですが、「令和」の発案者が万葉集だと言っているのだからそれでよいではないか。


つらつら思うにこの種の発見を自慢する人たちってヒマとストレスを溜め、言わねばやまじ、だけど喋る相手がいないからスマホこすって一言居士なのだろうか、心に傷をもつ人たちなのだろうか、あるいはネットにウィルスが仕掛けられ善男善女の心の中で核分裂を始めたのだろうかと寂しく考えます。

堂々たる論陣を
令和が発表された4月から改元後の5月にかけて地元某紙、大手某紙には、令は命令的な印象がぬぐい難い。令和を提唱した主犯? は万葉学者の中西進に違いない。なぜこんな熟語を引用したのか、それを主導したアベ政府は何を考えているのかとでも言いたそうな婉曲記事をしつこく置いています。メディアは政権のチェック機構でもあるから批判は大切な仕事なのだけれども、言祝ぐべき新元号にあえて悪い言霊をまぶし、日本人をどこへ誘導したいのだろう。正義を標榜するメディアの故郷はどこにあるのかと、まあ普通のコモンセンスを以て考えれば、記述者の真意をソンタクせざるをえないのです。令と和の字をほじくり返したら考案者の意図と違う意味がChinaの古典にあった。だから新元号には問題があるだなんて悪意以外のなにものでもありません。記者が何を考えようと勝手だし、各社に色があって当然なのだけれど、遠回しにちくちく差すのはやめ、署名記事で堂々たる論陣を張ってくれ、できれば読者のコメント欄を付けてくれと願います。


語義の二重性
そもそも漢字は状況に合わせて複数の意味を持つわけで、尾籠な話で恐縮ですが、お便りと便所は同じ漢字を使うけれども郵便局からトイレを連想する人はいないでしょう。手紙はChina語でトイレットペーパーを意味することから、手紙を論じて便所に及んだ日には「お前ばかだろ」ってことになりますね。「敷島の大和心を人問はば朝日ににほふ山桜花」と詠んだ本居宣長は朱色の葉とともに咲く山桜の視覚的な美しさを「にほふ」という嗅覚の言葉で捉えました。いろは歌にも「色は匂へとちりぬるを」とあることから視覚と嗅覚が併存することに何の問題もなく、むしろ言葉の高度な用法であるわけです。台風に襲われて家が壊されることはありますが、役者の襲名式に「襲」とは何事かとわめく人がいたらこいつ頭おかしいんじゃないかと、、世の中には令嬢も令息もおられるわけで、さすがに令和さんがいらっしゃったことには驚きましたが、和を以て貴しとなす大和のクニよ、麗しかれと祈ります。(つづく)

 

付記「Koria点描」について
長くKoreanと付き合ってきたことから退職後は日韓の小さな架け橋になるべく人生設計していました。いわゆる靖国だ、教科書だといった反日論義は1990年代からありましたが、国家間の問題と個人の付き合いは別だというのがぼくらの持論で、Korea政府が各種交流を停止した年にも高知の山村に韓国の学生を迎え「過去を忘れるわけではないが前向きに酒を飲もう」という合い言葉を実践してきました。行ったり来たりで10数年、往復した人の数は、松山仁川間のアシアナ機を一機チャーターしたほどになります。


しかし、3.11津波の翌2012年、震災の後遺症と政変劇のさなかに、中国全土で反日暴動が起こり、それに呼応したのかどうか突然、未来志向を標榜してきた李明博大統領が妙なことを言い始めたことから、多くの人がそうであったように自分もまた、その年を境にChinaとKoreaを見る目が変わりました。


日韓交流を始めたころはポケベルが先端機器でしたが、やがてPHSが登場し、ケイタイがあらわれ、今ではスマホでKoreaの新聞記事さえ読めるようになり、日韓の大まかな動きはリアルタイムで追跡しています。書庫には捨てるに捨てられない交流資料が山積みです。


無我夢中で走っている時は、自分が何をしているのかさっぱり分からなかったのですが、いつしか時は流れ、指を折って人生の残り時間を数える年齢になると過去の自分が他人のように見えます。タヒチゴーギャンをパクって「自分はどこから来たのか、自分は何者か、自分はどこへ行くのか」と問いつつ自分のために過去を「点描」します。同時に核がらみで異様な動きを見せる朝鮮半島を自分の経験から類推します。「点描」は知人と個人メールでやりとりしていたものですが、ブログにアップしてはどうかという示唆を受けました。お気が向きましたらご笑覧ください。

 

190503記 助村栄