ちょっと道草 210305  写真で Go to西表島(5  古民家民宿 森の病院

 

 

 

西表島のバスが行き着く白浜から巡航船で渡った舟浮が、観光旅行者がたどり着ける最南端の村ですが、さらに向こうの網取に東海大学の研究所があります。前は海、後ろは道のない森、文明との接点は船のみという孤独な研究の場です。ここに滞在した方が、高知県大月町の海沿いにある研究所の所長をされており、ひょんなことからお話を伺う機会がありました。

 

 

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芭蕉に囲まれた西表島大原の民宿170711

 

仕事柄人里はなれた土地に住むけれど、今いる漁村は「車に乗れば遠くないところに町がある」と嬉しそうでした。誰にとっても都市の騒音より鳥の歌声や波の音が好ましいに決まっていますが、かといって文化・文明から切り離された孤島の暮しは精神的に耐えられないでしょう。すると人生の理想は自然+文化・文明の調和ということになります。

 

 

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民宿「遊しび」170711

 

沖縄の母音はアイウしかないので

遊びは「あしび」

 

チャップリンの映画に、この世でいちばん大切なものは「少しのお金と愛だ」という名言があります。立って半畳寝て一畳の空間が確保できれば、あとは精神的な問題でしかない。広大な人工空間を望むか、森と海に囲まれた自然空間を好むかは個人の趣味の問題だ。自然の中に棲み家をもち、口を糊する手だてがあり、かつ都市とつながる文化的な接点を持つならこれこそ現代の理想郷ではないか。都市がヒトで満杯になり、歴史がどん詰まりに行き着いた今、次なるテーマは都市と田舎の往来ではなかろうかと理屈っぽく考えているうちに上記研究者がつくづく羨ましく思われました。ぼくの場合、自由な時間があり、緑に包まれた安宿があれば他に望むものはありません。そこに発生した空白をどのように埋めるかは自分の問題です。(とはいえ事情で「時間」が圧迫され毎日深夜までえらい目に遭ってますけど)

 

 

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民宿の居間兼寝室170711

 

西表島にはペンション風の民宿も

豪華ホテルもありますが

そんなお宿に興味がないぼくは

この古民家がふるさとでした

 

農家を改造した1棟貸し切りの民宿で10日ほどお世話になりました。たしか1泊3000円ほど^^! マンションで生まれ電車で通勤する若い子を連れてきたらどう反応するか分かりませんが、農家の伜の自分には何もかも懐かしくタイムマシンで子ども時代に戻った気がします。空調という文明の利器はいまだ使ったことがなく欲しいとも思わないので扇風機で充分です。新素材の床板より足の裏で磨かれた板敷きがしっくり来ます。

 

 

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仲間川河口 140421

 

わずか数十年のうちに気候が変わり、避暑は沖縄へ行けという文句が冗談ではなくなりました。亜熱帯性海洋気候の西表島は、夏場でも最高気温が32度ほどであり、一昨年の東京のようにコンクリートがつくる地獄の釜ではありません。

 

 

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居間から見た厨房 170701

 

いつしか年を経て女将さんは

「民宿は今年で終わりにします」とのこと

4年後の今Google mapを見るとどうやら

新しいお店に生まれ変わったようであり

ぼくは最期の年の宿泊客になりました

 

かつて西表島マラリアの猖獗地帯でした。大戦後に米軍がやっつけたので今はとりたてて用心するほどの問題ではありません。が、石垣島までご一緒した医者の友人は「マラリアが無くなったわけではないよ」と言います。窓に防虫ネットを張った寝室で、蚊とり線香をくゆらし、オオクイナが喉を詰まらせたように鳴く声を聞きながら夜は更け、朝が来て、散歩して、読みさしの本を開けたり、昼寝したりしているうちに、疲れを溜めた体と脳が、だいぶ元気になりました。

 

 

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これは何かというと? 140420

 

町の病院では、ヒトの体から精神を切り離し、食と薬で肉体を守ってくれますが、殺風景な病室のベッドで白い壁を見て暮らすのは嫌やなと思う人には「森の病院」がお勧めです。飯くらい自分で作れますよという人間なら民宿ないし湯治場で体を休めるのも元気回復の一手です。それを病気と呼ぶかどうかはさておき、長いこと同じ仕事をしていると肉体にも精神にも疲れが溜まります。ところが自身の変化は自分では読み取れないもので、そこを家族に指摘されると、えい鬱陶しい、放っといてくれと思ったりしますが、たまに健康診断を受け、医者に数値の意味を説明されてギョッとするのは、他者の目で自分を見たからでしょう。

 

 

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天然記念物のセマルハコガメです140420

腹部の蝶番で蓋を閉じると

手足首尻尾とも箱にぴたりと収まります

 

本人は気付いていないが、他人から見れば明らかに状態がおかしい人をどうやって外へ連れ出すか、1)言葉で諭す 2)強引に拘束する二つの方法があります。1)通常、他人が言葉をかけても本人は納得しないものですし、2)拘束するのは最期手段であって精神科の領域であったりします。

 

 

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亀仙人とはぐれちまった召使のカメ^^ 170709

 

系内から自力で系外を覗くことは原理的にできないので、そこから脱出するために企業は社内イベントを打ち、社会は祭りをこさえます。多少の強制を伴うものの忘年会や夏祭は、わが身わが心を振り返る切っ掛けにはなります。が、祭りではしゃいで元気もりもりということが一時的にあったとしても、やがて日常が戻り、同じ仕事が繰り返されて自分の状態が分からなくなります。どっぷり浸った酒や煙草をやめようとした人ならお分かりかと思いますが、系内にあって系外を見ることは、幽体離脱のワザでも覚えない限りできません。

 

 

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大富口から第一山小屋跡へ向かう山道の

キシノウエトカゲ 140420

 

長い抑圧を受けると筋肉は硬直し、精神もゆとりを失います。その緊張が新たな地平を開拓する力になることもありますが、心の崩壊につながる場合もあるわけです。では、どうすれば良いかといえば、どうしようもないのですが、何かの拍子に外へ出る切っ掛けがあったら、その気付きを大事にすべきかなと思う次第です。

 

 

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森のアート 140420

大富口休憩所 ヤブレガサ

 

救急外科に運ばれた。折れた骨をつないでもらった。ありがとうお医者さんという分かりやすい治療はさておき、病気の大半は自然治癒力にまかせる他ないわけです。鳥が渡る森の風に吹かれ、しっかり食べて、ひたすら寝るのが病気治癒の最短距離のようであり、軍医森鴎外は”おれはコレラを寝て治した”というようなことを書いていました。

 

 

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山のアート140424

浦内川上流ガンピレーの滝のポットホール(欧穴)

 

 

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海のアート 140420

南風見田ハエミダの侵食された砂岩

 

210305記 つづく

 

 

 

ちょっと道草 210228  写真で Go to西表島(5  舟浮 久高島 竹富島 酒田市の海向寺 那智勝浦の普陀落山寺

 

 

 

 

 

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西表島舟浮の御獄(ウタキ)140423

 

御獄はヤマトの神社ではなく

沖縄・先島特有の信仰の場です

ここに侵入禁止の看板はありませんが

よそ者が立ち入るのは憚られる

聖域ではあるのでしょう

 

 

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御獄の聖空間 140423

 

鳥居をくぐり中に入ると

亜熱帯の樹木に囲まれた聖地が

しんと静まり返っています

 

 

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島の南北をつなぐ道 140423

 

集落の反対側にイダの浜があります

亜熱帯の野鳥の澄んだ歌声を聴きながら

ほの暗い緑のトンネルを抜けると

光のまぶしい海が広がっていました

 

 

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イダの浜 140424

 

この贅沢な海水浴場は

ひとときの桃源郷です

してみれば緑のトンネルは

現世と他界をつなぎ

東方浄土ニライカナイへいざなう

道のようでもあるのかなと、、

 

 

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沖縄本島南城市の斎場御獄(セーファウタキ) 130928

 

巨岩がつくる奇しき場によそ者は

立ち入ってはならないはずですが

ここは観光客に開放されています

 

 

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斎場御獄から遥拝される久高島 130928

 

12年ごとに行われる奇祭「イザイホー」は

後継者不足のため1978年を最期に失われたようですが

久高島は今も神の島です

 

 

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久高島フボー御獄へ向かう道 030929

立ち入り禁止区域外より撮影

 

「神代の昔から琉球王府と久高島の人々が大事に守ってきた」フボー御獄には「何人(なんぴと)なりとも出入りを禁じます」との立て札が置かれています。かりに不届き者が立て札を無視して中に入ったとしても、そこにあるのは岩と肉厚の葉をもつ巨樹の空間に過ぎず、聖地を物理的に汚すわけではないでしょう。しかし神の島の御獄は、御霊をまつり祈りを捧げる場であり、よそ者が目と足で穢してはならないのです。

 

 

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久高島の東の端 130929

 

四国霊場第38番札所、足摺岬にある金剛福寺の御詠歌に「普陀落やここは岬の船の棹とるも捨つるも法の蹉陀山」とあります。蹉陀岬(足摺岬)の向こうには観音さまが住む普陀落の山がある。そこへたどり着けば仕合わせになれるという信仰のもと、小舟にわずかな水と食糧を積み、ひとりで沖へ漕ぎだす「普陀落渡海」が、かつて和歌山の那智、高知の室戸岬足摺岬で行われたそうです。那智勝浦には今も普陀落山神社があります。

 

井上靖の小説「普陀落渡海記」は、衆生の期待を一身に受けて出立せざるをえなくなった住職金光坊が、ついに渡海の日を迎え、小舟で海に追いやられる物語です。どの宗教も来世を美しく描きますが、天国や極楽を見た人はおらず、したがって理想世界は空想世界でしかありません。空想が現実を支配できるかといえば、人によりけりでしょうが、来世の幸せを確信できない金光坊は、目前の恐怖を追い払うことができず、小舟から脱出し、一命を取り留めました。しかし成り行き上役人は、陸に上がった金光坊を信徒の前に連れ戻すことはできず、憐れな住職の命乞いの言葉も耳に入らなかったことにして、再び海の彼方に送り出しました。

 

 

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和歌山県那智勝浦普陀落山寺に

展示されている渡海舟のレプリカ

パソコンの写真を探しましたが

どうしても見つからないので

*ネットより拝借しました

 

金光坊は望んで渡海したわけではなく

いわば人身御供として

この小舟に閉じ込められたのでしょう

四万十川に浮かぶ屋形船ほどの大きさです

 

その経緯をカネがすべての経済学で冷たく分析すれば、姨捨山の海洋版のごとく砂をかむような話になるのでしょうが、人の行為がカネ一元論で説明できるわけもありません。この世の生にケリを付けた人間が、理想世界を架空し、海と空の境にむけて旅立つことはあり得ない話ではないでしょう。ひょっとするとそれは横に延びた鉄路や途方もない高さのコンクリートを想起するよりずっと豊かな行為であるのかも知れません。

 

 

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竹富島の御獄 130920

 

 

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御獄より岩礁を経て石垣島を望む130920

 

あちらの世界からたまたま戻って来られた人たちが臨死体験を語ります。長いトンネルの向こうに光が見える。天使のシルエットが浮かび音楽が流れる。人生の中で最も穏やかで静かな瞬間だった。死はひとつの人生から次の人生へ移行するだけ。お金も地位も名誉もなく思惟だけが人生を振り返る、、以上はネットから断片的に拾ったものですが、たしか立花隆の「臨死体験」にも似たような記述がありました。トンネルと光は圧迫と解放の象徴かと思われます。

 

死とは何かという大問題は、この世にあらわれた全ての人間に突きつけられた謎です。山形県酒田市の海向寺には即身成仏したミイラが安置されています。生きたまま地の下で自らを滅する行為は、修行の極致であり、常人の想像を超えます。それはいったい何のため? 誰のため? と考えたとき少なくとも自分のために地下で食を絶つことはありえません。何が幸せかは人それぞれであるにせよ通常は、他者の尊敬を受け、希望をもって、健康に生きることが幸福の原則としたものです。海向寺の住職が私的幸福の原則を実現していたと仮定し、敢えて彼は何のために地の底で果てたのか?と問うとき、 それは「他者」のため「衆生」のためと応える他ないのではないでしょうか。

 

 

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山形県酒田市海向寺のパンフ 2016秋

全国で確認されている即身仏

16体中8体が山形県にあります

堂内撮影は禁止です

 

1755年(宝暦5年)の忠海上人、1822年(文政5年)の円明海上人の即身仏(ミイラ仏)は今も海向寺に祀られています。入館料を払い案内されて私も両上人の即身仏が鎮座する仏堂にひとりで小一時間立ち尽くしました。木の実を食べて命をつなぐ「木食修行」を経、生きたまま地下3mのたて穴に入り、断食し、経を読み、鈴を鳴らす「土中入定」を終えると「特別なことをしなくても即身仏として御身体が残った」そうです。

 

寺でもらった説明書きには「会う体験は体で学ぶこと」「即身仏は、その人にとって大切なことを伝えられるように江戸時代の昔からすわり続けています」「両上人は、人々の苦しみを救い、願いごとをかなえるためには、木食行者となり、お姿を残す即身仏となる他はないと決意され、厳しい修行の旅に出ました」とあります。

 

堂にまします両上人は、頭蓋骨に皮が張りつき、眼窩は深く窪み、両の手の骨は細く長く前に垂れ、全身ほぼ骸骨が鮮やかな法衣をまとって無言の教えを説いてくれました。その教えをどう解釈するかは自身の心のあり方によりますが、この恐るべき修行者のお姿には、百万言の言葉を超えた何かがあります。人は「他者」のためなら頑張れるということです。

 

そう考えたとき金光坊は、自分の幸福追求を願ったにもかかわらず、意に反して出航させられ、死の恐怖に怯えたと考えられます。もしも金光坊が、みずからの死と引き換えに「他者」の幸福を確信できたなら彼は勇気をもって渡海に臨めたのかも知れません。

 

貧しい姉が身を粉にして働いたお金を弟に仕送りし、弟は必死で勉学に励んだという姉弟愛が人を泣かせる理由はそこにあります。がんばって働いた姉は預金残高を増やしたとさ、では文学にならないのです。

2102328記 つづく

 

 

  # # #日本の今# # #

過去2回ご紹介した井上正康医師のコロナ関連対談の新作がYouTubeでアップされました。Q&A方式で簡潔に整理されていましたが、時間をおいて再度アクセスすると黒画面に「この動画はYouTube利用規約違反のため削除されました」とそっけない表示があらわれました。誰が何のためにいかなる権限をもってどの部分を「違反」と断定したのか、理由説明はありません。

 

米大統領選挙におけるトランプ大統領YouTubeFacebookTwitterといったSNSから排除され発言を封じられました。およそ公平性に欠けるCNN他の米大メディアの偏向ぶりに驚き、それを日本メディアが無批判にコピーして流す従属報道にも呆れましたが、Google傘下のYouTubeは、あらためて日本で情報統制をやるのかと空恐ろしくなりました。

 

万人に開放されたYouTubeとはいえ公序良俗に反するものは削除すべきです。が、井上正康医師のどの発言がいけないのだろうとメモを見ながら考えていると削除された動画が「ニコニコ動画」に無料でアップされていることに気付きました。骨ある志士が日本メディアにも隠れているようです。

 

以下個人メモ

遺伝子ワクチンの結果が見えるまでには長い時間がかかる

血圧には個人差があり平均値に押し込めることには問題がある

欧州人はペスト耐性があり、東洋人にはコロナ耐性がある

ウィルスは小腸に集まる⇒消毒液はトイレに置け。

たとえて言えばマスクは鳥小屋のケージみたいなもの

唾の飛散は防げてもウィルスは蚊ほど小さい

子どものマスクは充分な酸素が供給されないので夏場は危険だ

みんなが富嶽にビビらされた

井上医師はマスクを付けず新幹線に乗った

 

この辺の発言にキレて通報した人がいるのかなと、、

よく分からないハナシですがどこか利権の臭いがします

ご関心の方は早めにどうぞ。

 

https://www.nicovideo.jp/watch/so38313419

ちょっと道草 210223  写真で Go to西表島(4  舟浮小学校 東郷平八郎 石垣島の電信屋跡

 

 

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白浜港に戻った二人乗りカヤック140423

 

遠くで暮らすことが

ふたりによくないのは

わかっていました♪

 (井上陽水/心もよう)

 

♪⇒ふたりでカヤックに乗り

呼吸を合わせてパドルを回せば

メールや電話より遥かにビット数の多い

情報交換ができますヨ

 

 

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西表島舟浮 140423

 

白浜港から巡航船に乗って

景色に見とれていると

舟浮港はすぐそこです

 

 

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舟浮小学校 140423

 

むかし韓国の大学生を手作りのサマーセミナーに迎えるため四国の山奥で廃校を探したことがあります。大学日本学科の学生は姉妹提携した東京の大学に短期留学することもできますが、友人の教授は「在り来りの研修では面白くない。軍隊暮しでへとへとになり、反日を刷り込まれた学生に日本の田舎の人情を見せたい」ことからふたりで廃校(という言葉を村人は好まないので休校舎)を訪ねて廻りました。

 

そこで気付いたのは、どんな山間僻地の校舎もその土地の最高の立地場所に建設されていることでした。明治5年の学制発布は「邑ムラに不学の戸なく、家に不学の人なからしめんことを期す」という気合のこもった文言で教育を語りました。その熱意に偽りはなく、また学校は災害時の避難場所であることからも、全国津々浦々の小学校が日当たりの良い安全な平地を占有しています。

 

ここ舟浮小学校もまた海と森に挟まれ、南に顔をむけた日当たりの良い場所にあります。平屋建ての小学校であることから建設当初より生徒数は少なかったことが想像され、おそらく白浜小学校への統合案もあったろうと思われますが、年端のいかない子を船で往復させるのはいかがなものかという議論もあったであろうし、学校を失った地域は精神的支柱を失うことから残せという村人の強い声に押されたとも考えられます。ともあれ舟浮小学校では、耳を澄ませば、今日も子どもの声が聴こえ、教育が経済合理性で語られがちの今なお「家に不学の人なからしめん」という思想が生きていることに感動します。

 

 

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赤い花を付けるデイゴ140423

 

デイゴの巨樹の下を行くふたり連れは親子ではなく先生と生徒です。どうやらこの学年の生徒は1名しかいないようでした。声をかけると「今から社会勉強に行くのです」とのことでしたが、社会といっても辺りに人影はなく、生徒にとっては先生が即ち社会なのでした。個人の成長には他者の存在が必要ですが、無い袖は触れません。

 

 

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東郷平八郎 140423

 

西に向けて複雑な入り江をもつ西表島は、両手をひらいて西から人を迎えます。明治38年バルチック艦隊との決戦を前にした東郷平八郎もそのひとりでした。碑文は連合艦隊司令長官が舟浮に上陸し「帰りに立ち寄った民家でお茶とラッキョウの接待を受けた」というほのぼのとした逸話です。

 

 

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石垣島屋良部半島の電信屋跡130925

 

石垣島屋良部半島には、バルチック艦隊を発見した宮古島の漁師が「手漕ぎの船で石垣島へ駆けつけ」台湾⇒石垣島沖縄本島⇒日本本土と渡る軍用通信網でロシア軍艦の通過を報じた電信屋跡があります。

 

 

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アジア太平洋戦争時に米軍機から受けた銃弾跡130925

 

高校社会科を担当した友人に「今の子は乃木希典東郷平八郎を知っているか?」とたずねたところ「 殆どの高校生は名前も知らないのではないでしょうか」とのことでした。乃木希典については「日露戦争要図の一部に旅順攻防戦の日本軍の進路が矢印で示されていてそこに“乃木3軍”とあるくらい」、東郷平八郎については名前すら見あたらないようです。日本海海戦後116年、アジア太平洋戦争後76年を経て歴史事象がどんどん追加され、何かを捨てなければ新しいことが語れない今、無理からぬことではありますが、この2人の名前くらい覚えてもバチは当たらないんじゃないのと思いますけど、、

 

日露戦争に敗れていたとすれば、日本の歴史は大きく変わったはず、ひょっとするとおれら日本人はRussia語を話していたかも知れんなと空恐ろしくなります。いろいろ言われても東京大学法学部が日本の官僚機構を担っていることは事実でしょう。そのエリート官僚が、この2人の名から歴史に参入できないとすれば、彼らの頭脳には違う歴史が差し込まれたことになります。

 

乃木希典日露戦争で2人の息子を死なせ、家系は断絶しています。が、この電信屋跡に連れてくれた長年の友人は乃木家の外戚の子孫にあたる人物で、折に触れ乃木家秘話を語ってくれます。彼をさそって高松にある四国札所を訪ねたとき、そこに置かれた乃木希典銅像の顔が彼そっくりなので思わず笑ったこともあります。身内のバイアスがかかっているかどうかはさておき、司馬遼太郎の「坂の上の雲」において乃木希典陸軍大将が、児玉源太郎とチェンジし203高地の攻防戦は一挙に終わったという段にも納得できないような口ぶりでした。

 

きのう龍馬と飲んでたんだけどさってノリで語られる司馬小説にはあまり興味が湧かないのですが、編年体紀伝体を盛り込んだ日露戦争の顛末「坂の上の雲」は非常に面白いです。ただよく言われるように、明治はよかった、昭和はいけないという司馬的二分法には引っかかるものがあります。そのよかった明治の乃木希典を「坂の上の雲」であれほどまでにやっつけねばならなかった理由は何なのか、とりわけ小説末尾の乃木攻撃には病的なものさえ覚えます。作家を突き動かした背後事情は何なのか、ぶっちゃけて言えば軍および昭和を否定しなければ文筆業がやりにくい時代ではなかったのではなかろうか、戦後の大学においてごっぽり入れ換えられた右⇒左系学者を含め、司馬遼太郎もまたGHQの影を意識していたのではあるまいかと取り立てて根拠もなく思ったりします。

 

学校教科書から英雄を消すことは歴史の書き換えでもあります。日露戦争の英雄が、この立て札のかすれた文字でしか語られない国とはいったい何だろうと悲しく思います。

 

 

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ブーゲンビリア 140423

 

210223記 つづく

ちょっと道草 210218  写真で Go to西表島(3  独居おじさんから四国遍路へ

 

 

 

 

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白浜にて 140423

 

フランス語には母音、鼻母音、半母音をあわせて19、ドイツ語には母音、二重母音をあわせて11もの母音があるそうです。日本語の母音は5つであり、沖縄語は「アイウの3母音しかないというのは間違い」だそうですが、まあ言語学者の細論に付き合う暇はないので、とりあえず先島諸島の母音はアイウの3つということにしておきます。すると上記地図の内離島はウチバナレ島ではなくウチバナリ島と読むのが正解であり、地図にもUchibanari Islandとローマ字表記があります。

 

 

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内離島 140423

 

白浜港から目と鼻の先にあるウチバナリ島は無人島ですが、じつはフランスのメディアで紹介されて有名になった(笑いものにされた)Free Chinの独居おじさんが住んでいました。「住んでびっくり西表島」2006年出版を書いた山下智菜美女史は大胆にもこの変なおじさんに面会しています。それから16年が過ぎ、おじさんはおじいさんになったはずだが、今も内離島に居るのだろうか、あるいはと縁起でもないことを考えながらネットをさぐると猥褻物Chin列のツミを得て無人島を追っ払われ、別の地に移ったが、ここも追われそうになって可哀相だという2018年の記事がありました。(例によって正義の味方然とした記者が可哀相なおじいさんに愛を注ぐ涙物語ですが、行政の立場から見ればふざけんなよって感じの記事です)

 

 

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南風見田(はえみだ)の浜から見た

新城島(あらぐすくじま)170701

 

与論島宮古島波照間島のように

南西諸島には山のない島が多くあります

山だらけの四国からやってきたぼくなど

平たい土地にポンとおかれると

自分がどこにいるのか分からず不安になります

 

西表島の南側、大原港から鹿川につづく南風見田の砂浜にはキャンプ場があり、今もテント暮しをしている人たちがいます。観光ではなく長期滞在組わかりやすく言うとヒッピーみたいな人たちの溜まり場ですが、気安く声をかけるのは憚られました。生き方は人それぞれですから、それぞれの過去を抱えて今ここに在るわけだし、彼らが公序良俗に反することをしたわけでもないので島の行政は、迎えるというほどではないにせよ多少の利便を提供しています。何といっても人口密度が薄いことから、事情のある人たちがひっそりと休む場を与えられた西表島は、都市にはないおおらかさを感じます。いつか自分もと夢見ていますが予定が狂ってそれどころではない後半人生になりました。だから写真でGo toです。

 

 

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南風見田の浜木綿 170701

 

むかし西表島の南側、鹿川湾にも独居おじいさんが暮らしていました。南風見田のキャンプ場から砂浜を渡り、干潮時に岩場を上がったり下がったりしながら行けばたどり着ける距離だと聞いたので途中まで歩いてみましたが、こんな所で足を踏み外して動けなくなったら一巻の終わり、観光に来てバカをやる理由はないので、途中で引き返しました。

 

 

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夜咲く花はサガリバナ170709

 

歩いて分かったのは、ここの独居おじいさんの棲み家は人里から遠く、彼を訪ねるなら、目的をもって歩くか、小舟で海から入る他ないということでした。行政の人たちはそれなりに気にかけていたようですが、好んで独居する世捨て人に特段の配慮をしたわけでもないようです。これが自由の国USAなら住むのも自由、飢えて死ぬのも自由だから問題ないでしょってことになります。ただ見取りとその後は行政が手だてする他ないので、あの世へ行く人にはこの世の責任が残ります。

 

 

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蟹の潜望鏡 130919

 

いまの四国遍路は明るく語られます。観光遍路も健康遍路もみんないらっしゃいという次第で、ケチなことを言わないのが弘法大師のえらいところであり、四国巡礼が1200年も続いた理由なのですが、遍路は本来、死出の旅路であったはず、今でも白装束のお遍路さんはこの世と違う世界の住人として距離を置いて見られます。それはロジックではなく感覚の問題なので文字にすることはできませんが、白衣(はくえ)でコンビニに入ったり、コンビニの中で白衣に出会ったりすると、誰も顔には出さないものの言いようのない違和感を覚えますね。

 

 

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マングローブの膝根 仲間川 170701

 

四国を死国と縁起でもない文字に置き換えてホラー小説を書いたのは高知の板東真砂子です。行き倒れを覚悟で”死国”に入った漫画家黒咲一人は、幾ばくかの金を包んだ封筒を呑み、不時の際はこれでよろしくと一筆認めた上、全財産を積んだ中古自転車を押しました。88箇所を歩き終えて描いた「55歳の地図」は、おれら高知の住人にとってはご近所物語でもあり、あの事かこの事かと思い当たるフシが一杯あります。次作の「55歳の地図~虹の峠から~」は鉛筆の原画をネット配信していることから紙の出版には至らなかったと見えます。おそらく筆者はそこで筆を折ったのでしょう。

 

 

 

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その後の行方が気にかかっていたのですが、今たまたまネットを検索すると高知県幡多郡の遍路宿で働いているようでした。四国4県の内なぜ高知か、なぜ幡多かと考えるとき、ぼくの地元であることとは関係なく、なんとなく分かる気がします。幡多は東京からの時間距離が全国一遠いところです。したがって田舎の中の田舎であり、昔ながらの風俗習慣が人の心に残存しているのかなと思ったり、、

 

ずっと前の話ですが、遍路道にある三原村の村長さんを囲んで飲んでいると自宅に遍路を泊めた話になりました。様々な事情を抱えた人を自宅に迎えるとなればリスクが付きまといます。見も知らぬ旅人に居室を提供し、お風呂はこちら、ご飯をどうぞという究極のお接待ですが、悪意をもって想像すればその遍路は、お金に困っている人かもしれず、感染症の持ち主かも知れません。そのリスクを押して接待することは勇気の証であり、より高い功徳をほどこしたことであり、聞き手の尊敬を集められて嬉しい、、というエグイ話ではなく、なんとなく昔から続いてきた習慣にすぎないのでしょう。

 

別れてしまえばそれで終わりなので「接待」は対価を求める行為ではありません。ただし良いことをしたという安心感は自分の心に残ります。お寺を巡って四国を廻る奇異な行為と、それを迎える道端の人々の間には何となく通じ合う信頼関係があるにちがいなく、その微妙な感情の交流が宗教の本質かなと思ったりします。思わぬところから話が高知に帰ってしまいました。次回また西表島に戻ります。

210218記 つづく

 

 

 

# # #日本の今# # #

201231号、210201号ひとり旅で「PCR検査には問題がある」とする井上正康医師の提言を紹介しました。下記松田政策研究所によると1月22日付けで厚労省はひそかにPCR検査の感度を落とす(40~45サイクルを30~35サイクルに落とす)通達をしていたそうです。

 

https://www.youtube.com/watch?v=mCZripRXZUE

 

2月17日付けJapan Dataでは「新規感染者数11日連続で2000人以下、東京の新規感染は378人、500人以下の日が11日間連続している」とありますが、「陽性者を感染者としてあぶり出す」PCR検査の感度を落とした(正常化した)のだから当たり前、これをGo to中止など自粛要請の結果と混同してはならないとのこと、全くその通りだと思います。「感染抑止に成功した」台湾は最初から30~35サイクルで行っています。

 

前号のコメ「気の毒なほどまわりに謝罪した」方が、高い感度でPCR検査を行った結果たんに陽性反応が出たに過ぎず、無症状ないし風邪ていどの症状であったとすれば、その方はとんだ茶番に突き合わされたことになります。コロナは感染力の強い風邪とする井上正康医師によると「桜のころ」には落ち着くそうです。

 

以下は私の「陰謀論」です。眉に唾してどうぞ(^^

ワクチン販売の世界展開が一段落したらコロナ騒ぎは収まる。人類が初めて経験する遺伝子ワクチンの筋肉注射は、段詰まった欧米白人国が覚悟を決めてやればよく、日本人が急ぐ理由はない。そもそも遺伝子ワクチンは軍事技術として開発されたものであり、後遺症がどうなるかは次の世代まで観察せねば分からない。医者が打つなら総理以下国会議員も同時に打つべし。同調圧力をもって全国民に強要するなら日本は独裁国になる。急ぐのはオリンピック経済と関係があるのか?

 

ついでに言えば今次米選挙で流行った「陰謀論」にはコロナでトランプをやっつけた後バイデンが成功した証に感染者数を下げる手だてが打たれるだろうというのもありました。何が真実か分からない時代ですが、今日の日経新聞コロナ報によると高知のコロナ死者数は(年齢不明)17人。風邪死インフルエンザ死の記述はありません。高知県だって人口75万人もいるのですよ。選手交代しなかったら若い子が困りますがな~~!

 

ちょっと道草 210213  写真で Go to西表島(2  白浜のトビハゼ

 

 

 

 

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西表島白浜民宿の晩のおかず140422

 

さばいた魚のいらんところは海にポイ

それは距離ゼロの食物連鎖であり

究極の地産地消であり

地方が都市に優越する所以でもあります

 

 

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蛤ではありません140422

どデカ蜆です!w

 

蓋を開けると身は小さいのですが

水がいっぱい溜まっているのは

干潮時をやり過ごす知恵だそうです

 

 

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白浜 140422

 

左が民宿

中央が白浜小学校

丸い屋根は体育館

ここは台北より南にあり

もうひと息で北回帰線です

 

 

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白浜小学校下マングローブ(ヤエヤマヒルギ)  170708

 

焼失したノートルダム寺院バットレス⇒突っかい棒の建築芸術はヤエヤマヒルギの蛸足を模したものというのは根拠のないボク説です^^! 細い足がつくる三角形は、雨ニモ負ケズ海ノ潮ニモ負ケナイ天然自然のトラス構造であり、つくづく造化の妙を感じます。

 

 

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ヤエヤマヒルギの根元にいたトビハゼ 170708

このあと彼は忍者になります

 

有明海のムツゴロウを小さくしたようなミナミトビハゼ⇒地元語でトントンミーは、干潟の土を尻尾で蹴って結構な幅をジャンプします。*wikiには、体を「つ」の字型に大きく曲げ、それを強く振り出して跳躍するとあります。水の浅い干潟でぴょんぴょん飛び跳ねるトビハゼは何度か見ました。ムツゴロウも似たような移動の仕方をします。

 

ところが、このトビハゼは人の気配を感じると、体を水面に立て、尻尾を櫓にしてしゃしゃっと水路の向こう岸に渡るのでした。思わず目をこすって何度も見ましたが、和舟の櫓が水を斜めに切るようにジグザグの波紋を残して立ち泳ぎします。かつてNHKアマゾン川編でトビハゼよりずっと大きい魚が、そのような泳ぎ? というか逃げる姿をビデオが見事に捉えていました。その映像を思い出しカメラを構えましたが、なんせ一瞬の出来事なので写真に定着させるのは至難の業です。本気で撮るなら一眼レフに特殊なレンズを付け、テントに身を隠し、根性据えて待つほかありません。勿論そんな機材も暇もなかったので上記写真でお茶を濁させてもらいますが、こいつが忍法「水蜘蛛の術」を使って水面を走る様をご想像ください。かわいいと言うか、愛嬌があるというか、つくづく生きものって不思議ですね。*トビハゼの立ち泳ぎに関する記述はwikiにもないので、ひょっとするとぼくの新発見だったりしてw!

 

われわれ普通の人間は、月だ火星だ微惑星だという豪快な謎解きに参加することはできませんが、足元のいのちに目を向けることはできます。そもそも宇宙探査の最終目的は、生命のルーツを探ることであり、ヒトの先祖探しでもあります。接写レンズのひとつもあれば肉眼では見えないいのちの不思議な営みが、そこらここらに無数に転がっています。

210213記 つづく

 

 

 

  # # #日本の今# # #

某氏より「先日取引先でも陽性反応が出た人が気の毒なほどまわりに謝罪していました」というコメントをいただきました。井上正康医師によると日本のPCR検査は、意味のないレベルまで感度を上げて行われ、ウィルスの死骸を見付けて怯えているようなものらしいです。メディアは数字の意味を説明することなく感染者・死者数を垂れ流し、恐怖を煽りますが、1.2億人もいる国で40万人が感染し6,600人が死亡したという程度の話にすぎません。しかも、

 

医療法によると別の病気を持つ患者がコロナに感染していた場合コロナ死と報告する義務があるそうで、あたかもコロナでどんどん人が死んでいるかのような錯覚を覚えますが、インフルエンザでも年間1万人程度の死者数はあり、そもそも日本人は年間130万人ほど死亡しているわけでもあるから、その程度の数字に驚く理由があるのでしょうか? ヒトは後から後から生まれて来るのに年寄りが死ななかったらこの世はどうなるのでしょう。

 

「気の毒なほどまわりに謝罪していました」ということは、ご本人はお元気であり、PCRによってコロナの烙印を押されただけのことかと思われます。「病気自体よりまわりの目の方がずっと怖いです」とありますが、全く同感です。シシトウを栽培している農家が数日前に撤退しました。ピーマンからシシトウに切り換えた途端、コロナ⇒Go to中止⇒外食産業とりわけ飲み屋のヤキトリ需要が縮小し市場価格は暴落という連鎖反応です。冠婚葬祭がパアになった花卉農家はもっと悲惨で既に転作を始めたという声も聞きます。先日葬儀に参列し祭壇に菊の花がどっさり飾られていることにホッとしたことですが、お葬式に使われた花を見て安堵するだなんて、、そのような次第でコロナは高知の田んぼにも風評被害をもたらしています。

 

既に集団免疫があると言われる日本(東洋)は欧米白人国より2桁低い数値でしかありません。今年の風邪はタチが悪いという程度の病気にビビる(もしくはビビらせる)理由は何だろうと考えたとき連想が連想を呼びます。とある山奥で洞窟を見つけ中に入ってずんずん行くと光が漏れる一室に出くわした。戸の隙間から覗くと悪い奴らが札束を積み上げて酒池肉林をやっていたという陰気な物語が頭に浮かんだりして、既に動き始めたワクチンビジネスで儲ける奴は誰だろうと考えたりしますね。あれから丸1年が過ぎた今年、WHOは武漢ウィルス研究所の調査に入り、よく分かりませんでしたという阿呆みたいな報告をしました。

 

昨秋来アメリカの大統領選挙を追いかける中、およそ公平性に欠ける作文ばかり読まされ、米日ともメディアは信用できなくなりました。この世の真実は自分で情報を集め自分で判断する他ないようです。長いこと生きてきましたが、こんなことは初めてです。

ちょっと道草 210209  写真で Go to 西表島 (1

 

 

  東(ひむがし)の野に陽炎(かぎろひ)の立つ見えて

                かえり見すれば月かたぶきぬ  (柿本人麻呂)

 

天球を180度広げて朝の風景を見せたのは8世紀の柿本人麻呂です。それから1000年ほど経た江戸中期の与謝蕪村は、月と日を東西に配し、わずか17文字の中に春の夕刻を詰め込みました。

 

  菜の花や月は東に日は西に (蕪村)

 

お日さまは東から上がり西へ入ることから沖縄語では「東がアガリ西はイリ」だとダイビングのお師匠さまが教えてくれました。日のイル西表島沖縄本島に次ぐ広さですが、人口わずか2400人ほど森の哺乳類はネコとイノシシしかいません。

 

 

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西表島大原仲間橋 170627

 

イリオモテヤマネコは、耳が丸く、尻尾は長く、目の周りに白い隈取りがあり、腰の筋肉が発達しているのが特徴です。大きさは家猫とかわりませんが、このネコ像は前足もデカくプロレスラーの腕っぷしのようにも、、それより「なかまばし」と仮名で書かれたセオリ通りの筆遣いに感心しました。「なまば」は丸で結ぶか三角で括るしかないのですが、ここはきっちり三角でまとめています。

 

「空飛ぶ電車」は格安ピーチで舞い降りた石垣島からびっくりするほど足の速い連絡船で石西礁湖⇒石垣島の西にある珊瑚礁の海を渡り、西表島大原港に着きました。

 

 

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ヤマネコマークの観光バス 170704

 

1965年に発見され大騒ぎになったイリオモテヤマネコツシマヤマネコと並ぶ島の固有種です。西表島対馬のネコは、どっちがかわいいかと尋ねたら対馬側に軍配があがりそうですが、そんなことはどうでもよくて、もしもイリオモテヤマネコが島固有の独立種であれば生物学を超え、地質地形の謎解きにも関係する大発見なので学者は色めき立ち、島人はふるさとidentityのよすがとしてネコを守れと合意しました。あおりをくらったのが土建業者で、島をぐるりと一周するはずの道路工事は止まり、今も観光バスは海岸線に沿って島の半分を行ったり来たりしています。

 

 

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冠鷲170706

 

島を挙げてヤマネコを守れという運動に

カンムリワシも一役買いました

ワサビの効いた駄洒落ですが

惜しむらくは、もうちょっと絵がうまければ(--

 

鳥山センセが鳥の絵を描いて

冠を戴いたお怒りのワシが

亀仙人の肩で睨みを利かせていたりすると

運転手は反省するかもしれません

 

学者の推計によるとイリオモテヤマネコは島全体に100匹ほどしか棲息しておらず、原始の森でネコを探し、本格的な写真に収めようとすれば大変な作業が予想されます。そのイリオモテヤマネコを撮るべく丸1年山に籠もったのが若き写真家の横塚眞己人氏です。写真家の多くは文筆家でもあり、横塚氏もまたネコを巡って島に移住したドタバタ劇を見事に活写しています。出版社と話を付け、新妻を連れて移住したのはよいが、島人は機材を抱えて毎日毎日山に入る人間をカタギの者とは認めてくれず、やがて不足するものを補うため妻を働きに出したら「あいつはヒモや」という噂が広がった^^!

 

 

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祖納のカンムリワシ170706

 

これが本物のカンムリワシなんだけど

電柱に停まるのはちょっとな

あなたは西表島の宝なんだから

もっとカッコいい現れ方をしてもらえんろうか

 

怒ったカンムリワシは頭に冠を作ります

その姿を横塚眞己人氏は森の中できっちり捉えています

シャッターを切るためにどれだけ森を歩いたことか

プロは汗を見せませんがつくづく

写真家の執念を感じます

 

高知にマムシがいるように西表島にはハブがいます。ヘビに喰われて死んだという話は滅多に聞きませんが、罹患率・死亡率でいえば全然たいしたことのないコロナを今の日本人がインフルエンザより怖がるように言葉の魔法はヒトを恐怖に陥れます。木のウロを覗き込んだらハブと目が会うかもしれない。尻尾を踏んづけたら危険だ。ハブは「打つ」と言われるように樹間から襲ってくるので逃げようがない等々、家で文字を読む分には、へえハブっておっかないんだくらいのものですが、そのような言葉を脳味噌にまぶしていざ森に入ると疑心暗鬼になります。

 

 

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浦内川沿いの炭鉱跡 170710

 

ハブの歯が届かないよう登山靴を履き、ヤバイときにはコレと急遽買い込んだ毒虫対策の吸引具をリュックに忍ばせてぼくも西表島の森に入りましたが、言葉は放射能のように浸透し心の柔らかい部分を刺します。確率でいえば交通事故の方がよほど危険なことは分かっていても感覚の前に論理は無力です。日本中のヒトがコロナの集団ヒステリーに罹り、高偏差値の大学生が怪しげな宗教にコロリとやられるようなものでしょう。

 

 

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炭鉱で命を落とした坑人の碑 170710

 

そのような森に分け入って苦心惨憺した経緯が、横塚眞己人著「ヤマネコ騒動記」小学館文庫に活写されているのでヤマネコと西表島にご興味のむきには参考になろうかと思います。圧巻は夜の森、テントに身を隠しひたすらネコの出現を待っているとネコの代わりに人魂があらわれたという段です。青白い光がぐるぐる回り、怒ったように速度をあげ、やがてテントの中に入り込んだ。写真家は恐怖の叫び声をあげ、山道を全速力で逃げ帰ったというあたり、まだ誰もまともな写真を撮っていないイリオモテヤマネコを狙うプロ写真家の執念と感受性が読み取れ、読者の頭の中に漫画のコマが一杯つくられます。(原文を引用したい段ですが文庫本が書棚に隠れて見つかりません)

 

 

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ルバング島小野田寛郎少尉 *ネットより

 

人魂だなんてバカなと一蹴するのは自由ですが、夜の森に独り身を置いてみれば、目も耳も研ぎ澄まされ、明るい電気光の下の感覚がヒトの感覚のすべてではないことが実感されます。フィリピンはルバング島に戦後30年立てこもった小野田寛郎少尉によると「本当に命を賭けなければいけないと必死になった瞬間、頭が数倍の大きさに膨らむ感覚と同時に悪寒に襲われ身震いし、直後、頭が元の大きさに戻ったと感じると、あたりが急に明るく鮮明に見えるようになった」「夕闇が迫っているのに、まるで昼間のような明るさになりました。そして、遠くに見える木の葉の表面に浮かぶ1つ1つの脈まではっきり認識することができました」とあります。*wiki 

 

それが異常な体験であるのか、それともジャングルで30年も戦闘行為を続けた兵士にとっては普通の感覚であるのかは自分で類似経験をしてみるまでわかりません。夜の森で写真家が見た人魂をまぼろしだ、幻覚だと笑って聞き捨てるのは簡単ですが、森から文明を見れば、夜なのに皓々と明かりが灯り、善男善女が小さな機械を耳にあて、あたかも目前にヒトがいるかのようにお喋りする風景は、夢なのか現実なのか俄かに判断できないところがあります。たまには本もスマホも残し体ひとつで森に入ればまた別の風景が見えるのかも知れません。

210209記 つづく

 

ひとり旅 210203 China17  韓国銀行 タヒチのゴーギャン  

 

 

 

 

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韓国銀行貨幣金融博物館(旧朝鮮銀行) 190822

 

ソウル駅から青瓦台方面に向け

とりたてて目的もなく歩いていると

石造りの立派な建物が見えました

東京駅を設計した辰野金吾のデザインです

 

 

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韓国銀行(旧朝鮮銀行) 190822

 

背後のビルと道行く車を取り払えば

1910~1945年の朝鮮併合時代が目に浮かびます

力車を牽きながら見上げた車夫の目に

豪壮な石の建築はどう映ったのでしょうか

 

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韓国銀行(旧朝鮮銀行) 190822

 

石柱の高さはヒトの背丈の何倍あるのか

この柱が1階天井部にあたる銀行空間の業務とは何か

預金を回してこんなに儲けました^^と自慢するわけではなく

銀行建築にはカネとは別の企図があることになります

 

 

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韓国銀行(旧朝鮮銀行)の石の壁190822

 

これだけ豪華な壁は東京の街を隈なく探しても容易にはみつからないでしょう、と言えば「はて?ウチの会社は石の壁だが」「貝の化石が浮きでた壁もあるぜ?」とおっしゃる声も聞こえます。そのことに間違いはありませんが、今は石を合板のように薄く切る技術が生まれたので、ちょっと贅沢すれば本物の石材で仕上げることもできます。ただし壁が力を受けるわけではないので化粧美人って感じがしないでもありません。

 

 

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韓国銀行(旧朝鮮銀行)の石材190822

 

深いところでマグマがゆっくり固まった花崗岩は嘘偽りのない石の壁です。当時の技術でこれだけの細工を施し、山と並べた石材を図面通りに積み上げた労力は大変なものでしょう。ダイヤモンドカッターでしゃしゃっと切ってクレーンで吊り上げるワケにはいかないのです。

 

5軸加工機を操り石でも鉄でもどんな形にでも切って見せる現代の技術者が、タイムマシンから降りて、この石材を加工する現場を見たら何を思うのでしょう。レクサスのオーナーが馬の尻をひっぱたいて大八車を牽かせるようなものかも知れません。現代人が目にする事物は、もはや日用品になったスマートホンから光の速さで20分もかかる宇宙の彼方の小さな星を往復した”はやぶさ”まで、その尽くがハイテクの結晶であり、凄いといえば凄い時代なのですが、しかし、

 

機械系の生産物が芸術系に持ち込まれてなお人間を感動させるかと言えば、それはまた別の話になります。巨大な東京都庁は石の外壁を持ち、入り口ホールを見上げると豪華なシャンデリアが田舎者を驚かせます。あの建築の大きさ、高さ、突っ込んだカネの凄さに比べれば韓国銀行なんてかわいいものかもしれません。にもかかわらず人の心がどちらに惹かれるかは簡単に言えないところがあります。機械力で突き進む文明にはどこかよそよそしさが残りますが、人間の意志が詰まった文化は軽々と時代を飛び越えて心に響くものがあります。

 

 

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ポール・ゴーギャン「我々はどこから来たのか我々は何者か我々はどこへ行くのか」  *ネットより

 

ヒトは過去から未来へ向けて流れる時間軸のどこかに位置しています。タヒチ島ゴーギャンが「我々はどこから来たのか我々は何者か我々はどこへ行くのか」と絵をもって自らに問うたように、ぼくらもまた歴史を訪ねて自分を確認しています。遺跡を発掘して民族のルーツを探り、お墓参りをしてご先祖さまに手を合わせるのも自分探しの一種でしょう。遺跡やお墓は形に残された記憶であり、記憶が消えたら自分が何者か分からなくなるからです。どの国も自国の歴史的建造物を大切にするのは後世にむけた無言の教育でもあるからでしょう。

 

 

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朝鮮総督府 *ネットより

 

だから歴史的建造物は残せという命題が成り立つわけですが、恨ハンの国の思考回路は日本とちがうところがあり一筋縄では説明できません。小中華を標榜する韓国人の頭には中国⇒朝鮮⇒日本という落差の構図があります。上位の朝鮮に下位の日本が残したところの悔しいけど立派な朝鮮総督府をどうするかと悩んだ末もったいなくも1995年、金永三政権は撤去命令を出しました。

 

景福宮の真ん前にデンと立ち上がった支配の象徴が誇り高い両班ヤンバンの心をいかに傷つけたかは想像に難くありません。が、一方で同じように立派な旧ソウル駅舎や韓国銀行(旧朝鮮銀行)は博物館として残し、それが「日帝残滓」だ「敵産家屋」だという強い声は聞こえないことから彼らの思考回路はとても複雑です。それは矛盾しているだろ? 「壊すなら全部壊せよと」キレて言える日本人は朝鮮半島が置かれた地政学上のアンビバレントを経験したことがない仕合わせなお坊ちゃんです。

 

China親方には頭が上がらないけれど小中華の思想をもって日本をへこますことはできる。それがChina発の文化であっても朝鮮半島を中継し日本に「教えてやった」とは言える。だから韓国は兄であり日本は弟である。弟の分際で「天皇」を戴き兄に歯向かうとはとんでもない野郎だとまあ朝鮮儒教はざっくりそのような原理に基づくとぼくは概括しています。姜昌一カンチャンイル新駐日大使はかつて天皇を「日王」と呼びました。今次あえて天皇という言葉を使ったのは政治的配慮に他ならず、朝鮮半島の人々にとって「皇と王」の間には越えがたい序列の壁があるのです。

 

そのむかし日本をよく知る韓国の友人がいつになく真面目な顔で「日本人は触れてはいけない国に触れてしまった」と呟いたことが思い出されます。流暢な日本語をあやつる彼は、日本語を話すときの自分に違う人格を覚えるらしく、頭の中で韓国と日本を行きつ戻りつしながら政治を語るのは苦痛だそうです。

 

1998年に韓国の大学生十数名を引率して高知大学元学長立川涼先生のご講演を頂きました。幼少期にソウルの「租界」で成長し、敗戦後に「引揚げ」た先生と学長室で打ち合わせしたとき、私が「ではありますが戦後生まれのわれわれに朝鮮併合の責任を求められても」と発言したことに対し「いや日本人は原罪として忘れてはならないことです」と笑顔で返してくれたことが思い出されます。「原罪とは具体的に何ですか? 」と問い返す機会を逸しましたが、とかく過激になりがちな日韓問題を考えるときぼくの心の座標に置かれた「原罪」という言葉が息を吹き返します。

 

当時のぼくにとって韓国とは「近くて遠い国」に過ぎず、夏場に大学生を迎えてどんちゃん騒ぎするのが面白かっただけでした。テレビや新聞で韓国が取り上げられることは稀であり、1997年タイに始まった通貨危機で韓国はひどいことになっているぞと薄々は知っていたものの所詮は外国の出来事でした。仕事は忙しく、わずかに残されたリソースを歴史の勉強に振り向ける余力がなかったことは多分、多くの人達と同じだったのでしょう。韓国はまだ日本人の中で小さな面積を占めているにすぎない国でした、、という弁解の言葉を置いた上で、立川少年は「租界」と「引揚げ」の現場で何を見、何を考えたのか、その思索の過程を伺うべきであったと返す返す残念です。

210203記 つづく

 

 

 

 

  # # #日本の今# # #

201231号で紹介した井上正康医師がコロナに関し

新たに分かりやすい説明をしています。

https://www.youtube.com/watch?v=ZF0EyTafiOA

 

日本人は既に抗体をもっている

PCR検査には問題がある

鎖国をしても何の効果もない

風邪とインフルエンザはどこへ行ったのか

外食産業は濡れ衣を着せられた

人類が初めて経験する遺伝子ワクチンは様子を見るべし

感染症指定2類を5類に落とせば医療崩壊はただちに解消する等々

ぼくは氏の説を正しいと考える者ですが

みなさまはどのように思われるのでしょう?