ちょっと道草 210724  写真で Go to西表島24 「住んでびっくり西表島」

 

 

 

 

 

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山下智菜美著「住んでびっくり西表島双葉社2006年刊

 

行ってみた。住んでみた。「2003年の夏、東京での仕事を整理し、友だちを残し、親しい知人も収入のあてもない西表にひとり、不安いっぱいで引っ越してきた」「自然の恵みをいただく生活を基本にしながら、祭りなどの行事を通じて村の人びとが強い結束を保っている」干立(星立)という村で「都会の生活が失った豊かさを感じ」「蚊とたたかい、ゴキブリとたたかい、ハブともたたかった」「住みはじめた当初は,高温多湿な気候にとまどい、吹き出す汗を不快に感じながら」「なかなか地元にとけ込めず、なんで来ちゃったのかなぁと気弱になることもたびたび」だった。

 

 

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ヒカゲヘゴ 2014.04.20

 

「収入のあてはほとんどなく、主に貯金を取り崩す生活」「お金がなくなったら島を出ればいいと気楽に考えて」の島暮しだから本気の移住者ではないのですが、なればこそ一定の距離を置いて島の暮らしを見つめられもしたのでしょう。都会を逃れ、田舎に移住した人たちが口を揃えて語るところの異文化ショックは「プライバシーがない」ことです。しかし彼女のように濃い人間関係を愉しめる人ならムラという名の24時間監視カメラに見張られても生きていけるようです。そこから導いた豊かな人間とは「作物を作り新鮮な野菜をご近所にお裾分けできる人」「他人にわけてあげられるくらい魚を釣ってくることができる人」であり、結論として「人はお金があまりなくても生きていける」そうです。

 

チャップリンの名作「街の灯」に、この世で大切なものは「少しのお金と愛だ」という台詞があります。お金は「あまり」なくても「少し」あればという微妙なフレーズが妙にリアルです。

 

 

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見ての通りのヤブレガサ 2014.04.20

 

Amazonに以下の書評がありました。

1)「いずれにせよベストセラーになる分野ではないですよね(笑)。強烈に何かを主張する本でもないし。Amazonで見る限りパッケージ(売り方)も十分に下手っちーだし。でも、中身がある。沖縄、離島、民族、伝統、風土、自然、共同体、地方、祭り、暮らし、お金、心、世代、自立、助け合い、はたまた昆虫(ゴ×写真だけはやめて〜!)、サバイバル…いろんな興味ジャンルの人に、ゆっくりゆっくり伝わり、ロングセラーになる本だなと思いました」

 

 

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ギランイヌビワの幹生花  2014.04.20

 

2)「昨06年8月末に3日間だけ西表に行った。白浜に泊まり、シーカヤックで舟浮にも行った。車で行ける端から端まで行った。たまたま遭遇した干立の芸能祭に行き、宿で付いていた筈の晩飯も、祭の屋台に替わったり、レンタカーを借りていたのが私だけだったので、ひとりだけ酒抜きだったりもした。なんか、客と言う扱いもなく、気楽な気分になった。翌日は白浜の公民館の祭りにも参加した。あの一体感、ある意味”強制的な共同体生活”も良いじゃないか。どうせ、一人で生きていけるわけじゃなし」

 

 

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里芋の葉を大きくしたようなクワズイモ  2014.04.20

突然の雨に打たれたら傘になります^^

 

会社に鉄の掟があるようにムラ共同体にも様々な強制があります。税務署より厳しい奉加帳やムラを挙げてのドブ掃除は、知らん振りをしたら村八分だから、その辺りの呼吸がわからない移住者と村人との目に見えぬ軋轢はどこにでもあります。会社からも社会からも解放されたくて田舎に住処を求めたのに、なんで鬱陶しい近所付き合いをせねばならんのかと憤る新規参入者よ、待てしばし、

 

 

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クワズイモの花 2014.04.20

水芭蕉の仏炎苞に似た造化の妙です

 

あなたが通る道はあなただけのものではないしあなたの車がドブにタイヤを取られたとき真っ先に救いの手をさしのべてくれるのはご近所さまです。田舎であろうと都会であろうと目に見えぬ無数の約束事に縛られ、かつ助けられて生きるのが人間というもの「どうせ、一人で生きていけるわけじゃなし」という上記書評に共感しました。

 

 

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南北を縦断する登山道の森  2014.04.20

多種多様な植物の宝庫です

 

ヒトは完全に孤立した状態では

肉体的にも精神的にも生きていけません、しかし

それは分かるんだけどオレはオレと呟くのも人間

では最小限の社会生活とは何かと考える上で

西表島は興味深い場です。

 

白浜の港からカヤックで行ける沖合に無人島の外離島ソトバナリジマがあります。そこに全裸おじさん~~! が住んでいて、どちらが先かは知りませんが、日本のテレビとフランスのテレビで紹介されました。無人島のロビンソンクルーソーは社会生活を忘れないため折り目を正して食卓に向かったそうですが、それは個人の趣味であり、全裸おじさんは誰もいない島で四六時中風呂に入っているようなものだから、すッ裸で何をしようと咎められる理由はありません。森を分け、海に入ってその日の糧を得、自由気ままに生きられるなんて羨ましい。オレもやってみたいと多くの人が夢見るのではないでしょうか。

 

 

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サキシマキノボリトカゲ  2014.04.20

 

それにしても木の実と魚ばかり食ってたら飽きるのではないか、醤油だって欲しいだろうし炭水化物も必要だ。病気をしたらどうするのだろとあれこれ考えていたところ、実はこの全裸おじさんには月1万円を仕送りしてくれる姉がいるのだそうです。この日ばかりは服を着て小舟で白浜へ向かうのだから、絶対孤独とは言えず、ちょっと醒めたかなと、、

 

 

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密林の細道に置かれた案内板 2014.04.20

書の基本を押さえた文字を見て感動しました

 

漢字のクニの台湾は言わずもがな

南西諸島ではしばしば美しい書体を見かけます、が

片やヤマトの文字は大混乱です

大戸屋のロゴなんて見ただけで引きますネ

 

健康な肉体のみならず、人間には情報を通じた社会生活も必須です。このおじさんはラジオを持っており、台湾の天気予報を聞いては一日遅れで対策するそうだからそれなりに社会生活を営んでいます。あの辺りはラジオ電波が国際交流しているので日本語放送のみならずChina、Korea、強烈な出力でわめくDemocratic People's of Korea、やたら元気な米軍放送も耳にしたことでしょう。そのような全裸おじさんの暮らしを日本とフランスの放送局が電波に乗せたものだから、面白がった観光客がカヤックを漕いで離島へ上陸し、ふたり並んで同じ姿で記念撮影した馬鹿もいたりして、それがテレビ電波に乗りました。かくて孤独を愉しんでいた全裸老人はリモート共同体の一員にされ、公序良俗を乱すトガで島を追っ払われました。(ネットを探ればFreeなChinにボカシを入れた写真とともに何の責任も取らない記者による面白半分の記事や、ビデオをonにしたまま潜入したのか分けのわからないYouTube動画があったりします)

 

 

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高知ではこの葉で餡餅を包みます  2014.04.20

 

西表島の出来事は何でも見てやろうという山下智菜美女史は、この全裸おじさんにも面会していますが、若い女性が頭に鉢巻きだけ締めた老人を見たからといって嬉しいはずもなく、とりたてて深い感想は載せていなかったですね。▽この話は数年前ネットで見たものですが、今は消去されたようです。山下智菜美というライターは「住んでびっくり西表島」の著者としてのみネットに置かれ、個人情報の露出は注意深く避けているようです。賢明です。

 

 

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渚のアート 2014.04.21

 

やや漫画化され電波に載せられた

全裸おじさんのみならず、西表島には昔から

いわゆる社会と切り離され

孤独な暮らしを営む人たちがいたようであり

 

過去を知られたくない人の逃避の場なのか

海と空に引き籠もりの場を求めてのことか

あるいは大学探検部の活動かは知りませんが

密かにテント暮らしをする人たちが今もいます

 

そのような人びとをおおらかに迎え黙認する

懐の深さが西表島はあるように思われます

 

人それぞれの事情を十把一絡げにはできませんが

できることなら病院の片隅で療養するより

背に手つかずの森を置き

寄せては返す波音を聞きながら

しばし休息をとれるなら

ひとは幸福になれるのかもしれません

 

 

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砂岩が浸蝕され不思議な造形を見せた 2014.04.21

 

2003年に西表島へやってきた山下智菜美女史は、女ひとりの島暮し体験を雑誌BE-P@Lに連載し、2006年に本書を上梓しました。ずっぷり島に浸かった本気の移住者が、自らを対象化し記述することはまずありません。東京時代の彼女は書き手でしたが、西表島では書きかつ書かれる側に転身し、ネットによくある「やってみた」シリーズの先駆けになりました。3年がかりの突撃取材は自分自身が一次情報なのでリアルさ満点です。出版後8年を経た2014年現在、西表島には新風俗が押し寄せ、最後の秘境もあわやという観があるものの本書はまだ色褪せていません。

 

 

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南風見田ハイミダの浜  2014.04.21

 

遠からず西表島は、沖縄本島北部、徳之島、奄美大島とセットで世界遺産に組み込まれます。新たなルールが持ち込まれ、島の暮らしは劇的に変容することでしょう。その前にコロナ禍で浦内川の観光船は稼働しているのだろうか、お客さんを失った由布島の水牛はしっかり餌をもらっているのだろうかと心配です。急がねば!

2021.07.24記 つづく

 

ちょっと道草 210716  写真で Go to西表島23  戦争マラリア e  

 

 

 

 

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西表島から由布島を見る  2014.04.26

 

西表島の向かいにある由布島砂州でつながっており、観光客は水牛に牽かれ、三線を抱えたおじさんの唄声と共にゆっくりゆっくり由布島へ渡ります。ここではお金を払って牛車に乗るのが決まりみたいですが、歩いても反則ではないようです。写真を撮りたいこともあって、ぼくはリュックにサンダルを仕舞い、裸足で浅瀬を渡りました。砂は引き締まっており牛が歩いても足を取られることはありません。

 

 

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陸から  2014.04.26

 

高知県宿毛市の咸陽島では、向かいの小島が砂嘴でつながり、干潮時に露出した岩場で潮干狩りに没頭しているとひたひたと潮が満ち、満潮になると一帯が海の底になります。大潮の日の高知の海岸は干満差が2m近くあり、港に係留した船は日に2回大きく上下します。中学理科の時間に月と地球の関係を習い、海の水は寄せたり引いたりするものだと信じていましたが、、

 

 

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海へ  2014.04.26

 

京都府日本海側にある伊根の「舟屋」を訪ねたとき、港に接した家屋が口を開けて漁船を迎えることに驚きました。家が港だからとても便利なのですが、太平洋側の住人は潮が満ちたらどうなるのだろと心配になります。調べてみるとあの辺は干満差がほとんど無いのですね。隠岐の島にも舟屋があります。広くもあり狭くもある日本海では、月の引力が太平洋の水を引っ張り込むうちに状況が変わるのでしょうか。

 

 

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行きつ戻りつ  2014.04.26

 

 

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やっと由布島に着きました  2014.04.26

 

一方、干満差世界一はカナダのファンディ湾。なんと15mもの上げ下げがあるそうです。寄せる波が5階建てのビルを埋める勢いだから津波が来たようなものです。

 

 

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ダレたらひと休み  2014.04.26

 

西表島由布島の間は400mほどであり、ヒトもウシも難なく渡れますが、わずかな風も嫌がるハマダラカが飛んで渡れる距離ではないのかもしれません。この島はマラリア禍をまぬがれ、波照間島民を強制疎開させた山下軍曹はこの由布島に滞在してもいたようです。

 

 

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安間繁樹著「西表島自然誌」晶文社1990年刊

 

表紙の写真は由布島へ向かうヒトと水牛です。著者の安間繁樹氏は、動物作家戸川幸夫氏がイリオモテヤマネコを発見した1965年(昭和40年)、20歳の年に西表島へ渡り、通算6年間滞在してイリオモテヤマネコを追い掛けた動物学者です。

 

動物学者にとって新種発見はノーベル賞みたいなものらしく、ひょっとすると西表島には「オオヤマネコ」がいるかもしれないと胸をときめかせながらも「多分いないだろうというのが、私の正直な考えだった。島が小さく、食べ物も決して十分とはいえない西表島で食性や習性などがほとんど変わらないような二つの動物が共存できるとは考えにくい」(同書p242)とクールな判断もしていたようです。

 

 

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由布島植物園のオオゴマダラ 2014.04.26

 

ずっと前の話ですが、四国の剣山山系にはツキノワグマが棲息しており、知り合いが笹を分けて行くクマを見たと嬉しそうに話してくれました。東北や北海道のクマはヒトと出会ったら撃ち殺されて可哀相ですが、高知のクマは稀少生物なみに珍しがられています。ヒグマに比べてツキノワグマは小型だし、人里に入って悪さをした話は聞いたことがありません。そもそもスギ・ヒノキの植林率日本一の高知県では生息域が狭められ、もはや種を維持するだけの頭数が確保できないだろうと前々から言われてきました。だから21世紀も半ばに入った今はもういないのかもしれません。林野庁に問い合わせたら教えてくれるかと思いますが、訊けば悲しい話になりそうで電話する気にもなれません。

 

 

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サナギの脱け殻に止まったオオゴマダラ 2014.04.26

 

若き日の安間繁樹氏は、あわよくば「オオヤマネコ」との邂逅を願いつつイリオモテヤマネコを研究するため森に入り「世界で初めてイリオモテヤマネコの動画撮影に成功した*」そうです。(*wikipediaに1000エン寄付したのでばんばん引用させてもらいます)

 

 

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オオゴマダラの交尾  2014.04.26

 

ちょっと自慢させてもらうと「世界で初めて」ではありませんが、観光客としては珍しくぼくは真っ昼間の山道でイリオモテヤマネコを写真に撮りました。(210401号に添付)ヤマネコは夜行性なのになんで昼間に? と問われたら答えようもありませんが、西表野生生物保護センターの所長さんにお墨付きをもらったので間違いありません。島の住民でも野生のヤマネコを目撃した人は滅多におらず「見た」というだけでステイタスなのですヨ 大谷翔平のホームランを見たようなものです。えっへん^^!

 

 

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オオゴマダラのサナギ  2014.04.26

見事な金ピカ「南国の貴婦人」とも

 

そのヤマネコの減衰とマラリアが関係していることを本書で知りました。「これらは1957年から1960年代の前半にかけて、大量に死んだ可能性がある。DDTのためである。アメリカ民政府は西表島マラリア撲滅のために当時、DDTの一斉散布を行った。これによりマラリアはなくなったが、カ、ハエ、ゴキブリ、ヤモリ、ネズミ、ムカデ、アリなども住宅地から姿を消し、それを食べたネコやイヌの斃死も相次いだ」(同書p172) 生態系の一部が失われると、食物連鎖が断ち切られ、捕食上位者も影響を受けるという事例です。

 

DDTといえば化学物質の害を説いたレイチェル・カーソン女史の「沈黙の春」が想起されます。いかなる薬にも副作用があるように農薬もまた自然環境に良いわけはありません。ただ環境汚染、気候変動といった地球規模での警鐘が必ずしも科学者の予測通りに推移したわけでもなく、PCBにやられて海洋の大型哺乳類が絶滅したわけではないし、DDTによる連鎖反応で鳥や動物が激減したわけでもありません。生命という存在は回復力に満ちたしぶとさを持っているかもしれないし、そうあって欲しいと願います。西表島においても「カ、ハエ、ゴキブリ、ヤモリ、ネズミ、ムカデ、アリ」の類は今でもなんぼでもおります。

 

 

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安間繁樹著「西表島探検」あっぷる出版社2017年刊

 

関係の書を読んでいると西表島マラリアは米軍が「撲滅した」という勇ましい文言を見かけます。1960年に始まるベトナム戦争において米軍は、森に埋もれたホーチミンルートを絶つため枯葉剤を空中散布するという暴挙に出ました。ひょっとするとあのノリで米軍は西表島ダイオキシンを撒きまくったのかなと思っていましたが、それほど荒々しい方法ではなく、以下のごとく合理的な手法を使ったようです。

 

「戦後、予防薬の内服、水系への薬剤投入に始まり、1957年からは米軍にDDT水和剤の一斉散布が行われた。撲滅は、蚊の習性をうまく利用している。蚊は一般にヒトや動物を襲う前後、特に吸血後は壁などで休憩する。この壁に殺虫剤を塗布しておくのである。止まった蚊はすぐには死なない。しかし、皮膚を通して染み込んだ薬で一週間以内に必ず死ぬ。一方、蚊の体内に入った原虫は、感染能力を持つスポロゾイドというステージになるまでに1週間かかる。つまり、汚染された蚊に刺されてもそこにいるマラリア原虫は感染能力を持たないので、ヒトはマラリアに感染しない」(同書p232)というロジックです。

 

西表島を隈なく歩き西表島博士とでも呼びたい安間繁樹氏は、上記「西表島自然誌」「西表島探検」においてマラリアに触れてはいますが、波照間島からの強制移民については記述がありません。南風見田の浜には「忘勿石」の碑があることだし、知らなかったとは思われませんが、社会学的な問題はあえて避けたのでしょうか。それともぼくの見落としでしょうか。よくわからない話です。

2021.07.16記  つづく

 

 

 

 

オータニ現象

今ネットの書き込み欄は大谷翔平にまつわる文飾で山盛りです。みんながあの手この手で他人と違うことを言っちゃおと作文するから、へたに割り込むよりカキコの中に自分の意見を探した方がてっとり早いですね。とはいえオレにも喋らせろと出しゃばりたくなるのがオータニ現象としたもので、、

 

佐々木小次郎燕返しを見たわけではありませんが、大谷選手のスイングは腰の回転力を使う肉体の芸術です。若き日のアントニオ猪木は空中殺法⇒延髄斬りをやったものですが、あの右足の軌跡にも似て体全体でバットを振り回せば、おのずと力は倍加されます。刺青もむくつけきマッチョ選手が上半身の筋肉で運んだ球は壁を越えホームランとなります。一方、体の筋肉を総動員した大谷選手のバットは無駄なく一点に集中し打球は軽々と二階席まで届きます。

 

かつて野茂英雄が投手として信じがたい成果を残したとき日本の野球ファンは湧きました。新聞テレビはあたかも全米が震撼したかのような報道ぶりでしたが、当時アメリカから帰国した辻信一さん(本を書いている方だからペンネームくらい出してもよいでしょう)と拙宅で飲んでいたとき「日本に帰るとさ、野茂英雄って有名なんだけどアメリカでNOMOなんて聞いたことないぜ」と言ってました。考えてみれば3.5億人も抱えた多民族国家で東洋から来た選手が何かやったからといってフツー誰も知りませんわね。で、西海岸でオタニサンゴーンと絶叫しても東海岸までは届かないだろうと思っていましたが、今年のオールスター戦を境に様子が変わったのかなという気がしています。

 

「元々メジャーリーグの支持層は白人の保守派が多かったので、激増するヒスパニック等の非白人対策、ファン層の人種的拡大はMLB機構の課題なのでしょう」というネットの一文が気にかかりました。アメリカンフットボールやバスケットボールに人気を奪われ野球人口が低迷しているのは、サッカー他の競技に野球が喰われた日本とまあ似たようなものでしょう。

 

野球人気が下がったというより、時代が変わりスポーツが多様化する中で、人心が分散したと捉えるべきでしょう。プレステで目を血走らせて育った若者には、ゲーム感覚で濃密な時間を愉しめる競技の方が似合うのかもしれません。言われてみれば野球って長閑な競技です。延長戦にもつれ込んだりすると3時間も4時間もだらだらとつづくので令和の若者がテレビの前に釘付けってことは考えにくい時代ですね。そこに危機感を覚えたMLBの裏方が人気回復の起爆剤にオタニサンを盛り上げようと画策したのかなと、、

 

 

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左はチャップマン  中央のヒトは普通の身長 ネットより

 

 肩に足が生えたような筋肉の上に童顔をのせ

チャップマンと並んでも引けをとらない好青年です

 

道徳教育の題材になりそうな立ち居振る舞いに加え、終始絶やさぬ笑顔が、国を超え民族を超えて人の心を惹き付けたといってもたぶん間違いないでしょう。どこにあるとも知れないレンズで撮られた動画は隠しようのない内面をさらしますが、岩手の田舎で育まれた天衣無縫の青年はカメラなどおかまいなしです。あの人のよさは演技できるものではありません。ネット上の無数の書き込みを要約すれば、彼のピュアな人格を目撃した大衆が、時代とともに失われつつある何かを取り戻そうとしているかのようです。

 

明治期の為政者は国語を共通化し、

NHKは「みんなの歌」を流すことによって

人心をまとめました。

 

大谷翔平は好きで野球をやっているだけでしょうが

結果としてコロナで分散し、オリンピックでも

まとめることができそうにない日本人の心を

野球を通じて引き戻したかのごとくです

 

「中国ウィルス」で憎しみの巻き添えにされた東洋人一般が、オータニ人気によっていささかなりともアシアンヘイトから解放されたとすれば喜ばしい。「激増するヒスパニック等の非白人」人口を取り込んで野球人気が復活すればMLBの裏方さんは嬉しいというワケです。

 

長島茂雄が「非・言語化」タイプの天才であったとすれば

27歳になったばかりの青年は「言葉の人」でもあります

 大谷選手は頭の中にもうひとつの大谷カメラをもっており

カメラに映した言葉でみずからを凝視しているかのごとくです

わかりやすく言うと彼はとても頭が良いです

 

大谷翔平の発言を読むにつれ

むかしの自分を思い出し

若気の至りの人生を恥じかつ悔いました

ご興味の方は以下へどうぞ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/55e9e01b015f22aa8b0cd111acd5fe0e38acf785

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと道草 210710  写真で Go to西表島22  戦争マラリア d

 

 

 

 

抜刀虐殺事件をめぐる3冊の書より

 

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1998年に出版された

桜井信夫著・津田櫓冬画による少年長編叙事詩

「ハテルマ シキナ」かど創房

 

桜井信夫氏(1931~2010)・津田櫓冬氏(1939~2020 )は幼少期の記憶として戦争をイメージできる世代かと思われますが、直接の戦争体験はないはず、石原ゼミの聞き書き「もうひとつの沖縄戦―戦争マラリア波照間島」他の文献から島民の悲劇を想像し、「叙事詩」として創作したのでしょう。よく練られた言葉の扱いに敬意を表しつつも、どこか現場の生々しさに欠けるのは氏が、戦争資料から抽象したイメージを「叙情的」に言葉化したからではないか…理由は以下の通りです。

 

その長編叙事詩において山下軍曹は鬼か悪魔のごとく描かれています。山下は悪辣な加害者であり、島人(住民に対する島民は差別語だそうです)は可哀相な被害者であったという単純な二元論で話は進みますが、その山下を悪人にした背後の構造に触れることなく、ひたすら恐怖心をゆさぶる言葉を並べ、少年少女の心に迫る戦争詩とは何か?

 

西表島の炭坑から脱走した台湾人4人を山下軍曹が「抜刀殺害」した現場を、たまたま山桃の木に登っていた4人の子どもが見たという少年長編「叙事詩」の一節を引用します。

    ***

うしろ手にしばられた男たち

じゅずつなぎにされた麻袋の男たちが

  ~中略

引き抜かれた日本刀の刃先にこづかれ

うつむきげんに ひざをついた

 

子どもたちは かくれて息をころし

おそろしい予感に 枝にしがみつき

目をこらして見つめた

右はし 麻袋の男のまうしろから

白刃がひらめき打ちおろされ

男の首がころげおち

一瞬の間をおいて血がふきだす

となりの男のからだがゆらぎ

日本刀の刃先が そのゆらぎをとめ

あらたな血しぶきが流れをそめ

さけび声ひとつなく

3番目の男 4番目の男とつづいた

~中略

このあと3人の子どもたちが

マラリアにいのちをうばわれた

ひとりだけが生きのこり

ながい沈黙の*40年ののち

はじめて ひとにつたえた

「ハテルマ シキナ」p124~126

 

*部は「もうひとつの沖縄戦」での

聞き取り調査が1981年

初版発行が1983年だから

正確には36年のはず

 

 

 

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「抜刀殺害」事件の論拠は

1983年刊行(1985年第5版発行 2012年電子書籍化)

石原昌家氏が石原ゼミナールの学生たちと現地取材した労作

「もうひとつの沖縄戦―戦争マラリア波照間島

おきなわ文庫 (キンドル版943円)にあります

以下(禁を破って)関係部のみ引用します

 

「私たち子ども4人が木の上で山桃を食べているときでした。そのとき、山下がシタダレ川のそばに台湾人たちを連行してきました。そこと私たちが登っている木は、*10メートルから15メートルぐらい離れていました。台湾人たちはみんな20代の後半、27~8歳に見うけられました。台湾人の他には山下だけで、部下はいませんでした。山下は一言もしゃべらず、凶行を行いました。台湾人たちは首をハネられた瞬間は血は出ませんでした。しかし、しばらくしてから*一気に首の根元から血が噴き出しました。私は人間が犬畜生のように殺されるのを見て、いたたまれない気持ちになりました。山下は4人の首を落とすと、台湾人の胴体を川に放り込みました」

~中略~

「山下の台湾人虐殺現場を*目撃した人は4名だったが、3名の方はすでに故人となり、*Fさんは唯一の生き証人となっている。(山下が、島に出入りするようになったので、具合が悪いから本名を出さないで欲しいという本人の要望があり、符号で表すことになった)」

 

「もうひとつの沖縄戦―戦争マラリア波照間島

おきなわ文庫キンドル版p949/1891~

 

 

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津田櫓冬画「ハテルマ シキナ」より

川沿いの山桃の木に登った4人の少年が

山下軍曹による台湾人惨殺の現場を目撃した図

 

ぼくも子どものころヤマモモの実を取りに裏山へ登ったものですが、山桃の葉は厚く繁り、幹にすがって葉の隙間から外部を伺うことはなかなかできません。管の穴から外を見るようなもので、ちらちら動く影は捉えられても物見台から見渡すような視界はとれないものです。上の絵は状況説明のため、手前の葉を取り除き、子どもの姿を浮き彫りにしていますが、現実的にこのような構図はありえません。

 

Fさんの口述中

よく分からないのは

1)いかに深い森の中とはいえ「*10メートルから15メートル」といえば目と鼻の先である。その山桃の木に登っていた4人の子どもが、一部始終を映画のように目撃するには広い視野が必要だ。しかるに葉を繁らせたヤマモモの「木の上」から広い視野を確保するのは難しい。挿絵の如くたまたまヤマモモの枝葉に広い隙間があり、そこに4人の台湾人が曳かれたのだとすれば、逆に山下に見つかる可能性だってある。「*一気に首の根元から血が噴き出し」というズームアップした描写が事実なら両者は至近距離にあったわけだが、そもそも深い森の一点で子どもたちが、待ち構えたように山下一行と出会う確率は限りなく低い。子どもたちは驚くべき偶然によって惨劇の現場を見たことになるが、本当だろうか?

 

2)「目撃した人は4名だったが、3名の方はすでに故人となり、*Fさんは唯一の生き証人となっている」とすれば、唯一の生き証人の口述を保証する第三者がいない。Fさんの話は嘘かもしれないし本当かもしれない。

 

3)石原ゼミの聞き取り調査は1981年だからFさんが、事件後36年(叙事詩では40年?)に渡って沈黙を続けた理由がよくわからない。ヤマモモの木に登っていた子どもたちは、たまたま恐ろしい光景を見たのであって彼らには何の罪もない。自分に罪がなく、かつ山下を憎む重苦しい記憶があれば、どこかで誰かに伝えたいものだ。とすれば聞き取り調査以前に「抜刀殺害」の噂は小さな島の誰もが知っていたと考えることもできる。誰ひとり知らないのであればFさんの心の傷があまりにも深かったか、もしくは作り話だったのかもしれない。

 

4) Fさんは「山下が、島に出入りするようになったので(本名をあらわすのは)、具合が悪い」というが、戦後20年目の1972年に沖縄返還が済み、さらに戦後36年を経た1981年においてなお「本名を出さないで欲しい」という理由は何だろう。かりにヤマモモの木に登った当時15歳だったとすれば、聞き取り調査時にFさんは51歳、山下軍曹は61歳の計算になる。その年齢になってなお喋れば抜刀した山下に追い掛けられるとでも言うのだろうか。それほどの秘密であれば、石原ゼミの学生の前でぺらぺら喋ったのはなぜか?

 

5)「長編叙事詩」にも「聞き書き」にも、なぜ山下が台湾人を殺害したのかという理由説明がない。「聞き書き」調査員は、なぜそこに台湾人がいたのか、斬られた理由は何だったのかと、よしんばFさんが返答できないにせよ、質問しなかったのであろうか?

 

6)さらに言えば、Fさんが本名をあらわさないのであれば、Fさんの口述の真偽は何によって担保されるのか。いざと言う日には公開するのが学術の原則だから、Fさんの名は著者が秘匿しているはずだが、本書が電子版として復刊された2012年において既にかなりのご高齢であったはずのFさんの名は尚も伏せなければならなかったのであろうか。しつこいようだが、ここは本書の信憑性を示す骨だから拘らざるをえない。発言の真実は第三者によって担保されるのであり”私の言葉は真実だ”と本人が言っても意味をもたないのである

 

 

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1994年に出版された毎日新聞特別報道部取材班による

沖縄 戦争マラリア事件」東方出版

 

本書の冒頭部に「忘勿石」と波照間小学校の「星になった子どもたち」が置かれており、たまたま旅先で出くわした自分の経験と重なるのでオヤと思いながら読み進みました。さすが取材を仕事とする人たちで、軽いフットワークにものを言わせ「沖縄の離島に分散配置された11人の工作員のうち、山下軍曹(波照間島)、菊地中尉(伊平屋島)、山川軍曹(黒島)、西村軍曹(伊是名島)」の4人を訪ね、散り散りの事実をつなぎ、推理小説のような謎ときで読者を引っ張ります。なぜか参考文献を記載していませんが、まちがいなく本書は石原ゼミの聞き書き「もうひとつの沖縄戦―戦争マラリア波照間島」を下敷きにしており、取材班は戦後48年を経た1993年、滋賀県在住の山下軍曹(当時72歳)に面会しています。

 

 

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離島残置工作員配置図「沖縄 戦争マラリア事件」p116

 

以下「台湾人虐殺事件」に関し

Fさんの証言を元にした記者の質問と

山下軍曹の弁明が食い違う部分を引用します

 

記者:「西表島で山下軍曹が台湾人青年の首をはねたという噂について」

 

山下:「住民が『山下先生、なんとかしてください』というので、台湾人の坊主を縄に縛って連れて行き、アルミのパイプで頭を殴った。山シシの肉を物々交換しようと、波照間の人と接触しようとしたんだ。山道に連れて行って『もうするなよ』と放してやった。戻ったら住民が『先生、どうした』というから、『首を切って殺した』というように言っておいた。私は人の首を切ったことなど一度もない」「敵のスパイが肉に*バクテリアを入れる恐れがあって、そのために(台湾人を)とっちめただけ。もし(スパイ行為が)はっきりしたら殺したかもしれんが」

沖縄 戦争マラリア事件」p88~89

 

*バクテリアとは何か⇒「一人のスパイは一個師団に勝ると言われる。一個師団は、だいたい1万人。それぐらい殺すのは、訳ないですよ」 S氏(山下軍曹)は簡単に言ってのけた。「万年筆に忍び込ませたバクテリア菌を米軍の補給タンクに入れてごらんなさい。そんな訓練は平気で受けましたから、いざとなったらやりますよ」同書p92

 

自分が細菌兵器を所持しているから敵スパイが「バクテリア」を使うこともあり得るというロジックです。当時の石垣島には日本軍が駐屯していたから、あるいはという危惧もあったかもしれませんが、西表島の炭坑を脱走し、乞食のような姿で徘徊していた台湾人にまでスパイの嫌疑をかけねばならないものかどうか、戦争を知らない自分にはよくわからない話ではあります。ただ戦時と平時を想像力の及ぶかぎり区分けして考えることは必要です。

 

よく分からないこと

1)山下軍曹は、沖縄県史を含め自身に関する記述資料は確認していたようだから、取材班の多くの質問に澱みなく応えている。上記の返答もまた質問者の意図を見透かすかのような受け答えであり、自らに罪が及ばない配慮がなされている。むしろ筋立てた弁明が逆に怪しい気もするが、取材班はそこを突破する証拠をもたない。

 

2) 住民には「首を切って殺したというように言っておいた」が「私は人の首を切ったことなど一度もない」と山下軍曹は弁明した。殺していないのに「殺した」とするのは住民を恐怖で支配するための脅しであり、切ったかもしれないのに「切ったことがない」とするのは自己の不利益にならぬための伏線ともとれる。おしむらくは山下軍曹の発言の真偽を確かめる第三者保証がないことだ。真相は藪の中なのである。

 

 

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特務機関員の消息「沖縄 戦争マラリア事件」p120

 

同じ離島残置工作員としてフィリピンはルバング島で「遊撃戦」を展開し、戦争終結から29年後に帰還した情報将校・小野田寛雄少尉もまた陸軍中野学校出身でした。上記3冊とも戦中戦後生れの作家画家、学者記者が、彼らを平時の倫理で裁くことに主眼を置いていますが、小野田少尉も山下軍曹も陸軍中野学校出身者であり、強い使命感をもって、ぼくら戦後世代とは違う時代を生きたことを銘記すべきでしょう。

 

語弊のある言い方ではありますが、血気にはやった記者が、書いてなんぼの質問を投げたにせよ「(中野学校に)入校後は家族・親類との連絡も絶った。他の軍人にはあった『満期』もなかった。卒業後、沖縄への赴任に伴い、軍部の手により戸籍は抹消、戦死公報まで出て、家族も戦死したものと信じきっていた」(同書p91) 筋金入りの工作員と勝負できるわけもないでしょう。時は戦時であり、軍人であり、特務機関員でもあった彼らを、戦後の平和憲法に守られたわれわれの倫理・道徳で切って捨てることができるかどうか…

 

以上3冊の本を組み合わせ

ぼくは何を言いたいのか

⇒長編叙事詩を支えるFさんの証言が、

1)仮に正しいとしても戦時の人間を戦後の倫理で捉えることには無理がある。

2)もしも証言が誤っているか、狂言であったとすれば、それは読者を特定の思想に押し込める誘導になる。違う思想をもつ側から見れば、書き手の悪意と取られても反論できない。

 

大人の世界ならまあ何でもありですが、

問題は「叙事詩」が子どもの読み物として描かれたところにあります。

    *  *  *

日本国憲法21条には「表現の自由」が明記されています。今の日本では何を書こうと書き手の勝手なわけですが、子ども相手の読み物に、史実めかして架空の舞台をつくり、いたずらに日本人を貶め、子どもの心を汚すことが許されるものかどうか…それは事実だ。事実を詩文に置き換えて何が悪いというのであれば、巻末に引用資料を付記し、それが事実であることを証明せねばなりません。その義務を怠ってなお「表現の自由」を求めてはならないと思うのです。

 

▽またぞろ「表現の不自由展」が東京で開かれる気配です。自由を謳歌する人がいれば、不自由をかこつ人もいるわけで、自由と不自由は背中合わせの関係なのだよと子どもに説教するようなことはさておき、彼らの信仰する「自由」とは、何をやっても身に危害が及ばない平和な国で自由気ままに振る舞っているだけではないかと悲しく思います。かりに彼らが今の香港人のごとく体を張ってChina共産党に対峙し、逮捕されるのであれば、信念を持つ者の立派な行為ですが、ひょっとすると彼らは自分でもよく分からない力に支配されているのではないか、ぶっちゃけて言えば、あなたがたを突き動かす理論とカネはどっから来てんの?と問いたいこともあります。

 

面倒くさい話になりました。

読んでくださった方にはお疲れさまと申し上げます

Go to西表島はこれでお仕舞いにする予定でしたが

中途半端はイヤなのでもう少しつづきます

2021.07.10記 つづく

 

 

 

 

 

      # # # 高知の今 # # #

 

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高知県本山町の棚田 2021.06.24

 

Google Mapを広げていると

四国の中ほどに曲線で仕切られた田んぼの群が見えました

おっとこれがたまるかと思ってバイクを飛ばすと

 

 

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本山町の棚田 2021.06.24 

 

ところどころ見晴らしのよい場所に

フォトスポットの看板が立っていますが

 いくら高いところに登っても

山は谷に向かって下るので

画角がとれず

田んぼは数枚しか入りません

 

 

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本山町の棚田 2021.06.24 

 

そこで考えました

こっちから見るのではなく

あっちから見たら

山肌の全景が見えるはずだ

 

物干し竿にスマホを付けて

高いところから写せないだろうか

大きな風船にカメラをぶら下げて

遠隔操作でシャッターを切れないか…

 

 

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本山町の棚田 2021.06.24 

 

地べたに張りついた自分を

空中から眺めることができたら

人生観が変わるかもと思い付き

某編集長に相談すると

ドローンを紹介してくれました

 

iPhon12 miniが欲しいなという気持ちを

ドローンに振り向け えいやの勢いで

買っちゃいましたが ネット配布の

マニュアルを落としてびびりました

細かい文字で無数の条件が書かれています

 

 

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本山町の棚田 2021.06.24 

 

自己流でドローンを使いこなすには

車の運転免許を取るくらいのワザが要ります

浜や河原で舐めたマネをしていたら

たちまち水没するでしょう

 

そんなわけで

じっくり勉強して

谷間の向こうから

秋の夕陽が差し込み

金波銀波の稲穂が揺れるころ

ドローンの目を借りて空中散歩します

乞うご期待です

 

 

ちょっと道草 210705  写真で Go to西表島21  戦争マラリア c

 

 

 

 

 

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西表島南風見田の忘勿石ワスレナイシ記念碑 2017.07.07

 

波照間小学校全児童合作♪

「星になった子どもたち」

 

(二)

南風見の海岸に

きざまれている

忘れな石と

いうことば

戦争がなければ

こどもたち

楽しくみんな

遊んでた

 

さびしいよいたいよ

お父さん

帰りたい帰りたい

波照間へ

 

碑と詩の関係は以下のように要約できるかと思います。

青年学校の教師を装って来島した山下虎雄=離島残置工作員の酒井清軍曹は1945年、石垣島の司令部に呼ばれ「波照間の全島民を速やかに西表島疎開させよ」との命令を受けた。軍命だから質問も反論も許されなかった。波照間島に戻った酒井軍曹は、住民の前で軍刀を抜き、西表島への移住を強要した。島民は穀物を俵に詰め、牛馬豚山羊鶏はつぶして燻製とした。燻製品の大半は石垣島の軍へ送り、一部を西表島へ向かう住民の食糧としてカツオ船に乗せた。マラリアが猖獗する南風見田ハエミダの海岸でキャンプ生活が始まった。

 

波照間国民学校の児童はろくな教材も持たず浜で勉強した。識名信升校長は悲しんだ。終戦も近い7月20日、校長は波照間へ帰島すべく酒井軍曹と交渉したが、埒が明かず、石垣島の軍司令部へ直接出向いて交渉した。願かなって島民は波照間島へ戻ったが、西表島から持ちこんだマラリアが蔓延した。全島民1590人中1587人が罹患し、死者447人を出した。児童は323人中66人が「星になった」 後年その悲劇を識名校長が忘ルコト勿カレと刻んだ石が発見され、写真の記念碑が建設された。「忘勿石」と「星になった子どもたち」の詩には、ざっくりそのような物語が隠れています。

 

 

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(三)

みんなでたましいを

なぐさめようよ

みんなでなかよく

くらそうよ

六十六名

知らない世界へ

逝ってしまったこと

忘れない

 

静かにやすらかに

ねてください

平和な平和な

波照間に

 

静かにやすらかに

ねてください

平和な平和な

波照間に

 

 

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■「もうひとつの沖縄戦―戦争マラリア波照間島

おきなわ文庫 (キンドル版943円)

戦後38年を経た1983年に

沖縄国際大学教授・石原昌家氏が

石原ゼミナールの学生たちと現地取材した労作です

 

同書は悲劇を目撃し生き残った住民からの聞き書きであり、ぼくの知るかぎり波照間島の「戦争マラリア」に関する後続の出版物ないしネット記事はエビデンスの相当部を本書に依拠しています。この段は同書より必要部を引用し、私見を交えず、ストーリーを組み立てようと考えましたが、2012年に電子化された同書末尾に「本作品の全部もしくは一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載することを禁止します」という厳しい断り書きがありました。善意で一部引用⇒広告として拡散することは取材に携わった方々の意に報いることでもあるはずですが、ここまでロックされるとさすがに無断引用は憚られます。惜しいことです。

 

青年教師を偽って波照間島国民学校に赴任した山下虎雄は当初、子どもたちに慕われるよき先生であったようです。その人物がある日を境に豹変し、軍刀をもって住民を威嚇し、西表島マラリアの猖獗地帯へ強制移住させ、結果として波照間島民の1/3を死に至らしめたわけですから島民にとっては恨み骨髄に達する悪人でありました。

 

しかしながら鬼か悪魔のように伝えられる山下軍曹とて所詮は一人の青年です。来島時はおだやかな青年教師として認知されていたことからも好き好んで軍刀を揮ったわけではないでしょう。その軍曹が戦争⇒軍命という大波に巻かれ、個人の意志とは別の運動を始めたところに時代の悲劇があるのだろうとぼくは捉えています。

 

山下軍曹の人となりを伝える後続の書が、加害者(山下)vs被害者(島民)の二元論で分かりやすく描かれているのに対し、同書=石原ゼミの聞き書きでは、わずかながらも山下軍曹が一部島民から信頼されていた事実も置かれ、また戦後に山下軍曹が自身を弁明した文書(中野学校3 p212)にも触れています。歴史の記述者としてフェァな態度です。

 

してみれば石原ゼミの聞き書きは、白と黒に灰色を含ませ、話を複雑にさせた反面、そもそも人間が善悪二元論では説明できない存在であることを一部容認したことになります。

 

原理的に単純化できない存在を敢えて単純化し、あいつは悪い奴だ、やっちまえとするのは活動家ないし革命家の原理です。一方、白でも黒でもなく灰色に揺れるものを揺れるがまま描き、あいつは悪い奴だけどたまには良いこともした。調べた事実はこれだ。白も黒も灰色もある。あとは読み手が判断してくれとするのが調査の原則です。島人の証言と山下軍曹の弁明が食い違った場合、それは人の心の問題だから、どちらが真実であるかは確かめようがありません。

2021.07.05記 つづく

 

 

 

補記 

長いこと西表島を考えてきました

この段でお仕舞いにする予定でしたが

くすぶるものがあるのでいま少しつづきます

 

前号から間が空いたのは

関係の本を読み直していることと

大リーグの大谷翔平選手が原因です。

なんせ毎日出てくるので毎日気になって

時間は盗られる感受性は奪われる

迷惑してますけど今朝も31本目の豪快ホームランを

リアルタイムで見られて嬉しかったです

 

 

 

# # #高知の今# # #

 

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高知県本山町の棚田 2021.06.24 

 

ここは四国のほぼ真ん中の

標高500~600mほどの山間地です

高知の海沿いの田んぼは青々と繁っていますが、

この辺りはやっと田植えを済ませたばかりです。

 

気温は高度100mあたり0.6℃下がるので

平地と山間地では3~4度の温度差があります

初夏の爽やかな風に吹かれてみる棚田は格別です

 

 

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棚田のホタルブクロ 2021.06.24 

 

下界の蛍袋はだいぶ前に終わりましたが

ここは今が盛りです

白い袋の中で蛍が灯をともすから

蛍袋と名付けられたのでしょう

でも実際に見たことはありません

 

いま調べてみるとぼくのカメラは

何とASO25600もありました

これだけの感度があったら蛍のお尻が

ロマンチックに映るかもしれません

 

発光キノコをご存じでしょうか?

茸が光るだなんて冗談だろと思っていましたが

写真家の高橋宣之氏が

高知県佐川町横倉山のてっぺんで撮った

お伽話のような光景を見せてくれました

 

考えみればホタルだってクラゲだって光るので

キノコが発光しても不思議はないのかも…

で今年の5月にはバイクで山道を登る予定でしたが

仕事にかまけてチャンスを逃しました

来年はがんぱります

 

次回つづきの写真を掲示します

 

ちょっと道草 210624  写真で Go to西表島20  戦争マラリア b

 

 

 

 

 

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“戦争マラリア”で検索した

日時・場所不明のネット画像より

 

静止画なのに動きまで捉えた見事な構図です

重いカメラ機材を背負い、戦時

マラリア禍中の西表島または波照間島

訪ねた写真とは思われませんが

熱病に伏した患者と家族を想像するには又とない絵です

 

かつて国際協力で北アフリカを転々とした友人が、セネガルニジェールで2度マラリアを経験したという話を思い出し、電話しました。「ひどい悪寒に襲われた。普通じゃない震えが来た。39~40度の熱が出た。下痢をした。入院した…」というから「それは風邪とは違うのか?」と問うたら、似たような症状ではあってもレベルが違うようです。

 

マラリア対策は?」「どこから湧いてくるとも知れない蚊が媒介する病気だから防ぎようがない。仕事中に蚊とり線香を焚くわけにもいかんし。一番の予防は現地に行かないことだ」「むこうの医者は信用できるのか?」「元フランスの植民地だから医療はしっかりしている」「薬は?」「ネバキンNevaquineを使った。いわゆるキニーネの商品名らしい」等々、マラリア原虫にやられると一定の感覚をおいて高熱と激しい震えに襲われるようですが、「1週間ほど寝て回復した」というから治療法が確立した今は命に関わるほどの病気ではないようです。

 

蚊にも種類があり「壁に止まって尻をピンと立てるのがマラリア原虫を媒介するハマダラ蚊、こいつがヤバイ」のだそうです。が、いかなる存在にも弱点はあり「この蚊は白いものを嫌う」という出所不明の蘊蓄を披露してくれました。

 

電話の声を聞きながらハタと閃き、そうか

マラリア蚊は白いものが嫌いなのかと妙に感心し

佐藤まゆみが やさぐれた声で歌う

カスバの女」を連想し、ひょっとして

外人部隊の「白い服」はマラリア対策かも?

という新説^^! を思いつきました

 

 

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佐藤まゆみ

 

明日はチュニスかモロッコか♪

泣いて手をふるうしろ影

外人部隊の白い服

https://www.youtube.com/watch?v=o0b0Vsl6L-w

 

カスバの女」は北アフリカをあの街この街と流れて暮らす酒場の女の物語です。地中海に面したチュニジア、モロッコマラリアはありませんが、その南のセネガルニジェールは今もマラリアの有病地と記載されています。いずれもフランスの植民地だった国で「外人部隊の白い服」が夜ともなれば裏街の女性と戯れたであろうことは容易に想像されます。

 

蚊が白いものを嫌うかどうかは蚊に訊いてみなければわかりませんが、白を背景にして飛ぶ蚊は目立つので、見る、叩く、燻す、逃げるくらいの対応はできます。医療現場の白衣は汚れを際立たせるところにあり、してみれば白は害虫対策でもあるのかなと、、

 

 

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四万十川上流の沈下橋を行くスペイン人と韓国人2008.08.06

 

以前、スペインから来た青年が拙宅に泊まった折り、ズボンをたくし上げ、膝のあたりを腫らして痛そうでした。当日は蜂も虻もいるようではなかったので蚊に刺されたのでしょう。雑草だらけのウチの庭は蚊の楽園です。縁側で新聞を読んでいると蚊がいっぱい飛んできて刺されると痒いけれども、子どもの頃から蚊に喰われてきたぼくの身体には免疫システムが完成しているらしく、ぽりぽり掻いているとすぐに治ります。しかし地球の裏側からやって来たスペイン人には、日本仕様の抗体は存在せず、強い免疫反応⇒炎症反応を起こしたのだろうと思われます。サンチャゴの道を歩いた彼は、返す刀で四国遍路の途中だったのですが、もう歩きたくないと泣きを入れてきました。

 

 

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四国遍路の途中「よさこい鳴子踊り」に紛れ込んだスペイン人2008.08.10

 

スペイン風邪、ロシア風邪、香港風邪、日本脳炎エボラ出血熱感染症には土地の名を冠し後世の教訓にする暗黙のルールがあります。COVID-19は当初、武漢肺炎、中国ウィルス等の名で呼ばれていましたが、なぜかWHOは出所を曖昧にし、日本では新型コロナというイミフな名称で呼ばれます。WHOと日本メディアはいったい誰に忖度しているのか、、一方で変異したウィルスは(ウィルスが変異するのは当たり前のことです)イギリス型変異株、インド型変異株と国の名を冠して呼ばれます。

 

ろくでもない病気に自国の名を被せられるのは誰も好みません。日本脳炎だなんて言われると日本人の脳には虫が涌いているみたいで子どもの頃から嫌な名前やなと思ってきましたが、そこはどの国も大人の態度で放ってきたようです。しかるに何故「中国ウィルス」がいけないのか? それが自然発生したものであれ、研究室から漏れたものであれ、武漢市を中心に病気が発生したことは事実です。中国政府はパンデミックを恐れて都市封鎖したにもかかわらず2020年1月末の春節武漢空港から世界に向けて観光客を放ちました。あれは何だったのかという迷路にあえて踏み込み、どなたか「コロナウィルスに於ける名称の変遷と背後の政治的意味」とでも題した論文を書いてくれんろうかと期待しています。

 

かつて欧州を席捲したペスト菌に鍛えられたスペイン人は「ペストに強い」、冬になれば流行するコロナ風邪に鍛えられた日本人は「コロナに強い」と免疫システムの由来を分かりやく説いた医学者がいます。白人世界に比べ日本のコロナ禍は2桁も低い! にもかかわらず日本政府は今、中学生にまでワクチンを打たせようとしています。狭い教室に同質集団を隔離した学校において打った人、打たない人という新たな分断を持ち込めば生徒と先生はどう反応するか、ただでさえ窮屈な学校はますます息苦しくなるに違いありません。異常な政治判断です。形を変えた国家総動員法のように思われてなりません。

 

▼たった今届いたニュースによると「萩生田光一文部科学相は6月22日の閣議後記者会見で、中高生を対象にした新型コロナウイルスワクチンの学校での集団接種について『接種への同調圧力を生みやすいといった制約があり、現時点で推奨しない』と述べた」とあります。

 

仮に事実上接種を強要した数年後に予期せぬ事故が発生し、若者の未来を制約することになったらどうするのか、子宮頸がんワクチンの事例を知らないわけではなかろうにと怒りを覚えていた矢先、文部科学省にも良識が残っていたようでホッとしました。

2021.06.24記 つづく

 

 

付記

大谷翔平ダルビッシュ有が大活躍するMLBの観客席を見ていると先週あたりからマスクが消えました。いささかの誤謬はものともしないアメリカ社会の大局観がうかがえます。一方われら日本国においては、メディアに煽られ、細部の正論を積み上げた頂点で大局を見失ったのかなと溜め息ひとつ、、

ちょっと道草 210616  写真で Go to西表島19   戦争マラリア a

 

 

 

 

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波照間島ニシ浜から見た西表島 170712

 何も知らずにやってきたニシ浜は美しい海でした。

 

南の島にはどこにでも浜があり好きなところで泳げるだろうと思いがちですが、いわゆるビーチと呼べる場は少なく、波照間島よりずっと大きい西表島でも子連れで海水浴が愉しめる浜は北部にしかありません。文句なしの条件を備えた砂浜があれば、目ざとい観光資本が手を伸ばし、大型バスでツーリストを呼び込む仕掛けが置かれ、1泊3000円の民宿から1日1000円の貸しバイクに跨がってとことこ走るケチな旅人はお呼びじゃないって感じです。

 

もちろん旅の流儀は人それぞれだから、一生に一度しかない卒業旅行の若い子や仕事の合間を縫ってきた現役バリの人たちがリゾートホテルで寛ぐことに何の異論もありません。外国暮しが長い友人によると「おしっこして戻るだけでもよいから若者は旅に出よ」とのこと、賛成です。五感を総動員した体の記憶は必要に応じて取り出せます。

 

そんなワケで若くない自分もまたキビ畑を渡る風に吹かれて自転車を漕いでいると波照間小学校の青い塀に出くわしました。手前の緑が波照間島、背後の青い影は西表島?  空も海も水色の下地に白い文字で詩が書かれています。

 

 

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波照間小学校の塀に描かれた詩 170712

 

星になった子どもたち

作詩/波照間小学校全児童及び職員

 

(一)

南十字星

波照間恋しいと

星になった

みたまたち

ガタガタふるえる

マラリア

ひとりふたりと星になる

 

苦しいよさむいよ

お母さん

帰りたい

帰りたい

波照間へ

 

詩の背景はざっくり以下のようなことです。

戦争末期の1945年2月ころ波照間島の青年学校に山下虎雄なる教師が赴任してきました。当初は寄宿先の家人に優しく、子どもには人気教師であり、若い女性が心をときめかす好男子でもあったようです。

 

ところが3月に入り山下虎雄は、突如として軍服を着用し、軍刀を振りかざして島民を威嚇、全島民1,590名に西表島への移住を命じました。教師は借りの姿であり実際は陸軍中野学校出身「離島残置諜者」の酒井喜代輔(または酒井清)軍曹25歳でした。フィリピン・ルバング島に戦後30年に渡って潜伏した小野田寛郎少尉もまた中野学校の出身です。

 

 

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山下虎雄軍曹の似顔絵

少年長編叙事詩「ハテルマシキナ―よみがえりの島・波照間―」

桜井信夫(文)・津田櫓冬(絵)共著 かど創房 1998年刊

画家・津田櫓冬氏の挿絵より引用

 

書籍末尾に「許可なく作曲・放送・転載・複写複製を禁じます」との注意書きがあります。この似顔は文でも写真でも表せない山下軍曹の内面を一筆で抉った何かが感じられ、あえて転載させてもらいますが、問題があれば直ちに削除します。

 

山下軍曹が目論んだ工作は「米軍の情報収集と上陸した場合の遊撃戦*」であり「~地形をよく知っている土地の人を使って、弾薬や食糧の集積場所に時限爆弾や延焼剤を仕掛けること*」のようでもあります。住民が捕虜になると「アメリカに協力するのではないか」という疑念から住民を監視する役割もあったのではないかとも言われます。同時に軍の食糧確保のため島にいた「牛750頭、馬130頭、豚240頭、山羊550頭、鶏5,000羽」すべてが処理され「家畜は解体し、肉は塩漬けや簡易的な燻製にし、島外に搬送した」とあるので後年、山下軍曹が記者に来島の目的を問われ「死んでも答えられない」とした任務は単純なものではなかったのでしょう。

*「沖縄戦マラリア事件」

毎日新聞特別報道取材班1994年刊P113

「 」はネットより

 

ネットや書籍を探るかぎり、山もなければ川もなく海に皿を伏せたような小島にヒト1,590人+家畜1,670+鶏5,000羽が共存していたことになります。波照間島を自転車でぐるりと回った実感として、あの小島の面積で、それほど多くのヒトと生きものの食と餌がまかなえるものかどうか、ぼくには俄かに信じられないのですが、ともあれ弱冠25歳の青年が軍刀ひとつで全島民を支配し、西表島への移住に際して牛馬をつぶし、ゆがき、ほし、いぶし、カツオの加工場で燻製にした肉の大半は石垣島の軍へ送りました。燻製肉の一部は、本来の所有主である島民の食糧として移住先で使われたようですが、それで十分な栄養が摂れるわけもなく、体力が落ちた島民は、マラリア病原虫を媒介するハマダラ蚊の攻撃にさらされました。

 

以上、学校の歴史教科書のように文字と数字を編年体で並べれば、まあそれだけのことですが、もう一歩想像力を働かせ、たとえば牛馬豚山羊鶏を「処理」することの意味を尋ねたときスーパーの精肉コーナーでは気付かない風景が見えてきます。当然のごとく「永年わが子同様にして飼育した飼い主にしてみると、とても殺すに忍びない。『なんとか処分をたのみます』ともちこまれて ~やむなく密林に連れこんで、銃殺したり、撲殺したり、絞め殺したり**」という生々しい状況があらわれました。命あるものから命をいただく行為は、見るか見ぬかを別として、昔も今も変わらぬ生きものの宿命ではありますが、家畜に「わが子」のごとく情が移った飼い主の「忍びない」心がどうであったか、子どもの頃から牛と一緒に暮らしたぼくには分からないでもありません。

**「もうひとつの沖縄戦-戦争マラリア波照間島

石原ゼミナール戦争体験記録研究会編

おきなわ文庫キンドル版 №530~593/1891

 

ともあれ山下軍曹は、たった一人で島民1,590人もの人心を支配し、彼らに家屋、農地、家畜養鶏の全財産を捨てさせ、その大人数をカツオ船で波照間港から西表島に運ばせました。西表島強制移住させられた島民の多くは、切り立つ山と遠浅の海に挟まれた南風見田ハエミダの砂浜=マラリアの有病地でキャンプ生活を強いられ、およそ半年を送ることになります。波照間小学校の塀に書かれた詩の悲劇はここから始まります。

2021.06.16記 つづく

 

 

 

# # #高知の今# # #

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春野の梨農園 2021.05.30

 

 

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摘果後の梨 2021.05.30

 

ピンポン玉より小さいかなという感じですが

表面につぶつぶが浮いて梨らしくなりました

 

 

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生姜畑 2021.05.30

 

剥き出しの土に葉がまばら

やがて緑で覆われ地下茎が太り

秋には収穫できます

 

 

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田んぼ 2021.05.30

 

この稲は立派に育っていますが

周辺の田んぼにはジャンボタニシ

(スクミリンゴガイ)が繁殖して

無残なことになっています

 

ジャンボタニシは食用のため輸入し

養殖させたものの全然売れず、やがて

猛烈な繁殖力でのさばった困りものです

 

そこへ岐阜県の小学6年生が

タニシ撃退ワナのアイデアを出して

市長賞をもらいました

がんばれ小学生^^!

という書き込みが山ほどあります

ご興味の方はどうぞ

https://news.yahoo.co.jp/articles/96ef4fcd8b0c2cfcaabdad732f8310497069a45f

 

 

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この花の名がわかったヒトには

農業検定3級あげます^^   2021.05.30

答は末尾に

 

 

 

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ニラ  2021.05.30

 

ニラは根元から刈り取れば

新たに芽を吹き何度でも収穫できます

高知はニラの大産地です

行きつけのスーパーで

「高知家」のマークを見つけたら

思い出してやってください

 

ウチの隣のニラハウスでは

ベトナムの研修生が5人ほど働いており

日もとっぷり暮れたころKonbanwa

Oyasumiと怪しげな発音を残し

チャリで仲よく帰って行きます

 

 

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枇杷が最盛期  2021.05.30

 

とはいえ撮影時から2週間も過ぎたので

ぽちぽち終わりでしょう

時の経つのが早すぎて

騙されたような毎日です

 

答/ 馬鈴薯 じゃが芋 ジャガイモ

魚も植物もみな立派な漢字名をもちますが

ぜんぶカタカナ表記されるのが残念です

 

ちょっと道草 210609  写真で Go to西表島18 波照間島が最南端 ? c

 

 

 

 

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波照間島が日本の最南端 ?  170712

 

はて?! 日本国の最南端は沖ノ鳥島のはず

ここ波照間島に「日本最南端平和の碑」があるのは何故だろうと

ネットを検索しているうちに妙なものが見えました。

 

 

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日本最南端の碑 170712

 

ここを訪ねた2017年7月には

白地に赤の日の丸が印象的でした

 

 

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傷ついた日の丸  *ネットより

 

ところがネットにアップされた2018年7~8月の日の丸には、金槌か何かで叩いたような傷痕が残り、明らかな意図と憎しみが読み取れます。それが日の丸を好まない日本人によるものか、日本を憎むように仕向けられた外国人によるものかはわかりませんが、国旗をないがしろにするからには訳と覚悟があってのことでしょう。ふざけてやったのだとすれば人格に問題があります。確信犯であれば政治的意図が問われるべきです。

 

通報を受けた行政が修復したのか

民間有志がパテとペンキで塗り直したのか

2018年11月以降は元に戻っています

 

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沖ノ鳥島  *wikiより

 

それにしても波照間島

なぜ日本最南端なのだろう?

それは沖ノ鳥島ではないのか…

 

子どものころ日本は小さな国だと教えられました

下の日本地図のごとく離島を起点に円を描けば

排他的経済水域がつくる面積は広大であり

日本は決して小さな国ではありません

 

 

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波照間島の路傍に置かれた立て看板 170712

 

西の端に与那国島⇒隣に波照間島

南の端に沖ノ鳥島が見えます

 

 

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沖ノ鳥島  *wikiより

 

6000mの深海から立ち上がった沖ノ鳥島は、海面ぎりぎりに2つの島が顔を覗かせています。高潮時に海面から16㎝しか顔を出さない岩を日本人は「島」と呼びますが、Chineseは島ではなく「岩」だとして日本の排他的経済水域に侵入しました。2020年の出来事でした。

 

沖ノ鳥島は岩ではなく「島」だとする日本の主張は、国際海洋法第121条第1項「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう」を根拠にしています。ところが同法同条第3項には「人間の居住又は独自の経済的生活をすることのできない岩は排他的経済水域又は大陸棚を有しない」とあります。

 

沖ノ鳥「島」は「自然に形成された陸地」ではありますが、「人間が居住」できるか否かについては微妙な判断を伴います。上記写真の東小島、北小島が「島」であるのか「岩」であるのかは、法解釈というより法の背後にある見えない意図をどう読むかにかかってきます。

 

 

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沖ノ鳥島  *ネットより

 

それが「岩」なら日本の支配領域は12海里(22㎞)に限定されますが、「島」であれば200海里(370㎞)の排他的経済水域が設定できます。かくて日本最南端の「島」は微妙な立ち位置にもどり、その矛盾をついたChinaは沖ノ鳥島は「島」ではない「岩」だとして2020年7月、調査船を日本の排他的経済水域に侵入させたわけですが、これには伏線があります

 

 

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南沙諸島 西沙諸島  *ネットより

 

2016年にオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所は、南シナ海西沙諸島南沙諸島の領有権をめぐりフィリピンが中国を相手に提訴した裁判において「中国の主張に法的な根拠はない」との判断を示しました。それを不服とした中国共産党は裁判結果を「紙くず」とし西沙諸島南沙諸島の軍事拠点化を続けています。

 

下に引用した日経記事、小原凡司氏の見解末尾をお読みになれば分かりますが、仲裁裁判所の判断は、当時、国際海洋法裁判所長を務めていた柳井俊二氏が任命した裁判官によるものです。日本人の所長が、日本人の裁判官を任命し、判決を出したのであり、これは「公正でない」「紙くず」だとして中国は非難しました。

 

だから中国が、柳井氏にやられた西沙諸島南沙諸島での遺恨を「沖ノ鳥島でやり返す、と考えることは十分にありえる話です」と小原凡司氏は指摘しています。かくて南シナ海固執するChinaが日本に対し沖ノ鳥島で意趣返しをしたと考えられ、であれば小原凡司氏は2016年の時点で2020年の事態を予測し、きっちり当てたことになります。見事な分析です。

 

 

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波照間島の「平和」の碑 170712

 

国連で平和執行と言えば

軍事行動を意味します

退却は転身、全滅は玉砕と

美しく言い替えられたこともあるので

政治の言葉は要注意です

 

*まとめ

波照間島を日本最南端とすれば

沖ノ鳥島は「岩」となり

200海里(370㎞)の円は消えます

 

それを喜ばしく思う国はどこかと考えるとき

「平和」に浮かれた正直者の善意が、他者の

悪意を誘うこともあるわけで......桑原桑原です

 

以下2020年のテレビ朝日時事通信共同通信および2016年の日経新聞の記事を全文掲示します。各社が同一のテーマをどう扱ったかを比較すれば、現在進行形のコロナ記事を違う角度から読めるかもしれません。長文です。ご興味のある方はどうぞ^^

2021.06.09記

 

 

 

テレビ朝日は「中国”沖の鳥島は岩”日本の抗議に」と題し、

沖ノ鳥島排他的経済水域内で、海洋調査を続ける中国に日本政府が抗議したことに対し、中国政府は「島ではなく岩だ」と主張しました。中国外務省・華春瑩報道局長:「(海洋調査の)理由は簡単です。とても簡単です。国連海洋法条約に基づけば、沖ノ島礁は『岩礁』であり『島』ではないからです」中国外務省は会見で沖ノ鳥島は「岩」だと主張し、「排他的経済水域や大陸棚を有するべきではない」としました。さらに、中国船の調査は「公海における調査権の履行であり、日本の事前許可を必要としない」と述べました。中国の調査船は沖ノ鳥島排他的経済水域内で日本側の抗議にもかかわらず、同意を得ないまま活動を続けています」と報道しました。2020.07.18

https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000188757.html

 

(筆者注)報道機関がChina側の意志を伝えるのであれば、公平に日本側の意志も伝えねばなりませんが、島ではなく「岩」だとするChinaの主張を3度も繰り返す一方、「日本側の抗議にもかかわらず」と書いたものの肝腎の抗議内容を付していません。いかにも朝日的なChinaよりの報道です。これは報道と言えるのでしょうか?

 

 

時事通信は「中国、沖ノ鳥島周辺で無断調査」と題し、

中国外務省の華春瑩報道局長は~日本最南端の沖ノ鳥島(東京都小笠原村)の排他的経済水域EEZ)内で中国の海洋調査船が無断で調査活動を行ったことを確認した。華氏は同島が”国連海洋法条約上、岩礁であり島ではない”として、周辺調査に”日本側の許可を得る必要はない”と主張した。華氏はまた、沖ノ鳥島に関し”EEZや大陸棚を有することはできず、日本の一方的主張は法的根拠がない”と従来の中国側の見解を述べた。中国は過去にも無断調査を繰り返している」と伝えました。2020.07.17

https://www.jiji.com/jc/article?k=2020071701031&g=int

 

(筆者注)時事もまた「岩礁であり島ではない」とするChinaの主張に重心を置いた記事です。「日本の一方的主張は法的根拠がない」とするのであれば、その法的根拠に触れねば報道とは言えません。朝日と同類です。

 

 

共同通信は「沖ノ鳥島巡り日本が中国に反発“岩でなく島”」と題し、

日本政府は、今月上旬から中旬にかけて沖ノ鳥島(東京都)周辺を航行した中国の海洋調査船の動きを巡り、反発を強めた。菅義偉官房長官20日の記者会見で、沖ノ鳥島に関し、排他的経済水域EEZ)の基点となる「島」だとの認識を改めて表明。岩にすぎないと主張して調査を繰り返した中国に不快感を示した。沖ノ鳥島は日本最南端の無人島。波の浸食で水没する恐れがあり、周囲にコンクリートの保護壁が設けられている。国連海洋法条約が定める「島」の条件を満たすかどうかが論点だ」と伝えました。2020/7/20

https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/kyodo_nor/politics/kyodo_nor-2020072001001865

 

(筆者注)共同通信は「沖ノ鳥島は日本最南端の無人島。」と連帯止めで二様の解釈を残しています。それが無人であっても「島」であれば、国際海洋法第121条第1項の規定通り排他的経済水域を設定できますが、暮しのない「無人」の島であれば、それは「岩」にすぎず、同法同条第3項に抵触し「排他的経済水域又は大陸棚を有しない」ことになります。問題の本質を巧みに回避しつつも「島の条件を満たすかどうかが論点だ」として中国側の主張を支えています。共同通信の立ち位置が伺えます。★だったらChinaが東シナ海西沙諸島南沙諸島で何をしているかについても触れなさいよってことですが、それは言わない約束なので~~! 当方ちかごろ新聞やテレビにはとんと興味を失いました。

 

 

▼産経ニュースは「沖ノ鳥島 日本の最南端を守り抜け」と題し、

「中国が日本の島や海を脅かしているのは、尖閣諸島沖縄県石垣市)をはじめとする南西諸島の方面だけではない。

 日本最南端の沖ノ鳥島(東京都小笠原村)周辺の海でも、中国は海洋調査船を使って、不法な現状変更の試みを執拗(しつよう)に続けている。中国は直ちにやめるべきだ。

 中国の海洋調査船が7月9~18日、沖ノ鳥島周辺の日本の排他的経済水域EEZ)で、日本の許可を得ずに海洋調査を行った。海上保安庁の巡視船が中止を命じたが無視した。連続10日間の居座りは平成23年以降で最長である。

 調査船は遠隔操作型無人潜水機(ROV)を海中に降ろしていた。海底から資源サンプルを採取した可能性がある。同じ調査船は同月24~27日もEEZ内に戻り、航行、漂泊を繰り返した。海洋調査を続けたとみられる。

 政府は外交ルートで抗議したが、中国側は、沖ノ鳥島は「島」ではなく、EEZを設けられない「岩」だとして応じなかった。

 沖ノ鳥島は、高潮(満潮)時には2つの小島が海面上にわずかに頭を出すだけだが、国連海洋法条約第121条1項にいう、自然に形成された陸地で高潮時にも水面上にあることを満たす、れっきとした島だ。中国の主張は認められない。

 日本が天然資源への主権的権利や海洋科学調査などの管轄権を持つEEZで、中国船が勝手に調査することは許されない。この海底にはメタンハイドレートレアアース(希土類)が眠っているとされる。資源サンプルの採取は、日本の資源を盗んだことになる。

 さらに見過ごせないのは、中国調査船が、軍事目的のために海底の地形や海流、海水温などのデータを集めているとみられる点である。西太平洋上の孤島であっても沖ノ鳥島は軍事的要衝だ。沖縄と米領グアムを結ぶ航路のほぼ中間に位置しているためだ。

 中国潜水艦が沖ノ鳥島周辺の海域に潜(ひそ)めば、南西諸島や台湾海峡をめぐる有事の際、来援する米海軍の艦隊や輸送船団、日本本土への民間のタンカーや貨物船を攻撃できる。大変な脅威となる。

 安全保障と経済権益の双方を守るため、中国調査船の横行を防がねばならない。政府は、調査船を拿捕(だほ)する権限を海保に与える法整備を急ぐべきだ。海保巡視船の増強も欠かせない」と伝えました。2020.08.11

https://www.sankei.com/article/20200811-3WUMP5BXYNLVFKHGZ3TV5GQIUQ/

 

(筆者注)「中国の海洋調査船が、日本の許可を得ずに海洋調査を行った」こと。沖ノ鳥島国連海洋法条約でいう「れっきとした島」であること。海底にはメタンハイドレートレアアース(希土類)が眠っている」こと。「中国調査船が、軍事目的のために海底の地形や海流、海水温などのデータを集めているとみられる」ことに論及した詳細かつ反Chinaの姿勢を隠そうとしない報道です。

 

 

日経新聞は「中国、ハーグでやられたら沖ノ鳥島でやり返す」と題し、

「オランダ・ハーグの仲裁裁判所が7月12日、中国が南シナ海で主張する権利について国際法上の根拠がないとの判断を下した。提訴していたフィリピンの主張をほぼ全面的に認めるもの。ただし、中国の軍事に詳しい小原凡司・東京財団研究員・政策プロデューサーは”短期的には緊張を高めるもの」と見る。(聞き手は森 永輔)」として防衛に詳しい小原凡司氏の見解を載せています。2016.7.14

 

航行の自由作戦に向かう米海軍の駆逐艦ラッセン

(写真:U.S. Navy/The New York Times/アフロ)

 

仲裁裁判所が、中国が南シナ海で取っている行動についてついに司法判断を下しました。小原さんは、どこに注目していますか。

 

小原:フィリピンの主張をほぼ全面的に認めた、中国にとって非常に厳しいものであったことです。ここまで厳しいものになるとは予想していませんでした。

 

小原凡司(おはら・ぼんじ)

東京財団 研究員兼政策プロデューサー
専門は外交・安全保障と中国。1985年、防衛大学校 卒。1998年、筑波大学大学院修士課程修了。1998年、海上自衛隊 第101飛行隊長(回転翼)。2003~2006年、駐中国防衛駐在官(海軍武官)。2008年、海上自衛隊 第21航空隊副長~司令(回転翼)。2010年、防衛研究所 研究部。軍事情報に関する雑誌などを発行するIHS Jane’sでアナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャーを務めた後、2013年1月から現職。

 

 最も大きいのは、中国が南シナ海に九段線を示し、その全域に管轄権を持つとしているのを、国連海洋法条約に照らして「全て認められない」としたことです。さらに、中国が主張する歴史的な権利 についても証拠がないとしました。歴史的権利については触れないものと考えていました。

 南シナ海で中国がしている行為が違法であることが、法の支配の観点から明らかにされたわけです。この司法判断は法的な拘束力を持ちます。

 

今回の判断は、九段線内の管轄権を否定してはいます。けれども、中国が埋め立てや軍事拠点化を進める個別の礁について、どの国が主権を有しているかは判断していません。岩*1と認められた礁について、中国が主権を主張し軍事拠点化を続けることはあり得るのではないでしょうか。

 

*1:国連海洋法条約は次のように定めている。島:領海も排他的経済水域EEZ)も設定できる。岩:領海は設定できるが、EEZは設定できない。低潮高地:どちらも設定できない。低潮高地は、満潮時には水面下に没してしまうものを指す。 

 

小原:それは言えます。しかし、いくつかの岩で中国が軍事拠点化を続けても、南シナ海全域に影響が及ぶわけではありません。主権が及ぶのはその島の周囲12カイリだけですから。国際社会に影響を及ぼす大きな問題にはならないでしょう。中国が九段線の内側全体、つまり南シナ海のほぼ全域を対象に管轄権を主張していたことが問題だったのです。

 

中国は決して妥協しない

中国外交部が出した声明をどう評価しますか。「この司法判断に効力はない。中国は受け入れないし、認めない」「国際海洋法条約の権威を損ない、中国の主権国家としての権利を侵すもので、不公正だ」としています。

 

小原:「受け入れない」というのは非常に強い態度だと言えるでしょう。

 

ということは、中国が妥協することはない?

 

小原:できないでしょう。具体的な理由は3つあります。まず南シナ海の海底にある資源を放棄することができない。ブルネイベトナムの周辺に油田があります。このほかにも開発される可能性があります。

 第2に、海上輸送路を保護できなくなる可能性があるからです。

 第3は、南シナ海が持つ軍事的な意味です。中国は米国に対する核抑止の最終的な保証は、核兵器を搭載する原子力潜水艦であると考えています。しかし、搭載する弾道ミサイルが米国の東海岸を射程に収めるためには、常にこれを隠密理に太平洋で活動させる必要がある。そのためには南シナ海から米海軍の活動を排除する必要があるのです。

 南シナ海をコントロールできれば、米海軍が中国大陸に近づくことも困難になります。中国は東に向かうと米国と衝突する可能性があるため、西に活動を展開しています。一帯一路政策はその表れですね。中国は、西での経済活動にも軍事的支援が必要だと考え、中国海軍の強化を図っていますが、それでも米国には適わない。米海軍との軍事プレゼンスを均衡させるべく、米艦隊が南シナ海を自由に通過できないようにして力を削ぐことが考えられます。

 具体的な理由とは別に、そもそも中国は今回の司法判断を、「中国の発展を欧米諸国が妨害するもの」と位置づけています。中国は、南シナ海でしていることを正当な権利の行使と考えており、悪いことだとは思っていません。ゆえに、この判断を受け入れません。

 ただし、中国はこの司法判断を無視して、国際社会で孤立するわけにはいきません。欧米諸国が築いた国際秩序を変えると宣言しているからです。実現するためには他の国からの支持が欠かせません。

 

孤立できない中国はどのような行動に出るのでしょう。

 

小原:3つのことを進めると思います。第1は、フィリピンとの和解です。これが成れば、司法判断を問題にする必要がなくなります。

 

具体的には、どのような和解条件が考えられますか。

小原:フィリピンに有利な条件での援助や投資を提示するでしょう。新たに就任したドゥテルテ大統領は地方の市長として犯罪を撲滅することで力をつけてきました。次は国政の場で基盤を固めるために、経済を浮揚させること重視すると思います。ここを突くわけです。

 2つめは、「今回の判断は欧米諸国が勝手に言っているだけで、中国の行為は正当である」という主張を支持する国を増やす外交努力です。小さな国ばかりですが、既に60カ国が支持していると中国は言っています。

 特にASEAN諸国には強く働きかけることでしょう。フィリピンにあやかろうとする国が現れかねないからです。今回の司法判断は、フィリピンの主張通りになりました。さらに、中国から多くの援助と投資がやってくるかもしれない。他のASEAN諸国も「提訴されたくなかったら…」と中国に仕掛けることでしょう。

 今回と同様の司法判断が連続することになれば、中国の立場は苦しいものになります。なんとかこれを避けようとするにちがいありません。

 もう一つ注目すべきはロシアとの関係ですね。中ロ関係は相互不信に満ちていますが、中国はロシアを味方に引き込むべく動くでしょう。プーチン大統領は今頃ほくそ笑んでいるに違いありません。もちろん、ロシアは大人ですから表に出てくることはないでしょうが。

 

3つ目は何でしょう。

 

小原:既成事実の積み上げです。フィリピンが中国に対し今回の司法判断に従うよう求めたにもかかわらず、中国が従わない場合、中国を非難する国際世論が高まることでしょう。そうなり中国包囲網が強まる前に、人工島のさらなる造成や軍事拠点化を進めると思います。短期的には緊張が高まる可能性があります。

 

習近平の意向を恐れる外交部

日本の岸田文雄外相が「仲裁判断は紛争当事国を法的に拘束する。当時国は今回の判断に従う必要がある」と談話を出しています。「従う」とは具体的に何をすることを指すのでしょう。

 

小原:「中国は退け」ということです。既に出来上がっている人工島や滑走路を撤去しろとは言わないでしょうが、現状のまま立ち退くことを求めていくことになるでしょう。声明で明らかにしているように、中国が従うことはないでしょうが 。

 

中国は、外交辞令として「仲裁裁判所の判断に従う」と言っておき、フィリピンと妥協することで現状を実質的に維持するという手もあったのではないでしょうか。

 

小原:それはできなかったと思います。王毅外相もスポークスマンも、今回の件に関わった人々はみな習近平国家主席の意向を恐れていますから。

 司法判断を巡って中国の世論は二分されるでしょう。一方は、ナショナリズムを背景に司法判断に反発するもの。もう一方は、中国政府もしくは外交部の失敗を非難するものです。彼らは、「そもそもフィリピンを提訴に至らせたことが失敗だ」と2012年までさかのぼって非難するかもしれないですね。あまり表には出ないでしょうが、中国政府が恐れているのは、この後者のグループです。

 習近平国家主席は第1のグループの側につく確率が高いでしょう。そのほうが国内をまとめ、権力を維持しやすいですから。

 

今回の司法判断が中国の内政に影響を及ぼすことはありますか。

 

小原:あり得るでしょう。来年には人事のからむ中国共産党大会が控えています。中国には習近平国家主席を支持する勢力と、そうでない勢力があります。後者は、習政権を揺さぶる材料があるなら、何でも利用しようと考えるかもしれません。

 権力闘争とは別に、「外交を見直すべき」という意見が出てくることもあると思います。中国は最近、内政に集中する姿勢を示してきましたが、方向転換を促す動きが力を得ることは考えられます。

 

ハーグでやられたら沖ノ鳥島でやり返す

仲裁裁判所が「南沙諸島に島は存在しない」と判断したのを受けて、中国が「日本の沖ノ鳥島も岩にすぎない」と主張する可能性が指摘されています。国連海洋法条約は、岩には領海は設定できるものの排他的経済水域EEZ)は設定できないと定めています。沖ノ鳥島周辺の地下資源に期待する日本とっては憂慮すべき事態です。

 

小原:その可能性は高いですね。中国はやられたらやり返す国です。

 

「やられた」という意味では、日本を非難していますね。今回の判断を下した仲裁裁判所の裁判官は、当時、国際海洋法裁判所長を務めていた柳井俊二氏が任命したものです 。これを「公正でない」として中国は非難しています。

 

小原:はい。なので、中国が「柳井氏にやられた分を、沖ノ鳥島でやり返す」と考えることは十分にありえる話です。ただし、南シナ海の問題を落ち着かせることが最優先でしょう。中国は、日本はアジアの国であるにもかかわらず欧米諸国のお先棒を担ぐ、と考えて不満に思っています。

https://business.nikkei.com/atcl/interview/15/238739/071300190/