ひとり旅 230401 哀傷歌 在原業平 宮沢賢治 吉田松陰 ジョン・ダン

 

 

 

私事ながら実家で悲しい出来事があり

兄ともども途方に暮れています

どうしたものかと迷っていた矢先こんどは

知り合いの陶芸家が個展の開催前日に逝ってしまい

春爛漫の花のお屋敷で別れの挨拶をしてきました

悲しいときには悲しい歌が心をなぐさめてくれます

 

 

伊勢物語末尾の歌

 

むかし男わづらひて心地死ぬべく覚えければ

ついにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを  (在原業平)

 

いずれは誰もが行く道であることは知っていても

今日の我が身とは思わない(思いたくない)のが人情です

この歌は「男」自身の無常を詠んだものですが

在原業平には他者の生を願う哀悼歌もあります

 

世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もと祈る人の子のため  (在原業平)

 

それが避けられぬ別れであることは知っているけれど

愛する他者の幸福を祈り、千年も万年も

この世を愉しんでほしいという歌です

 

 

岩手県花巻市「道の駅」のボスターより  2022.07.29

 

岩手県花巻市のとなり奥州市生まれの大谷翔平選手は「雨ニモ風ニモ雪ニモ夏ノ暑サニモ」に負けない丈夫な体をもち、途方もない収入を得ながら金銭には執着せず、ここ一番の勝負時には顔つきを変えるものの「決シテ瞋ラズ」「イツモ静カニ笑ツテ」います。

 

最愛の妹「とし子」を失った宮沢賢治は失意のうちに北海道を旅し、稚内から樺太へ渡りました。遺族にとって身内の死は生の一部をもぎ取られることであり、愛が深ければ深いほど悲しみも深まります。ヒトは他者との関係性のなかで生きており、宮沢賢治が説くように「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」わけです。

 

郷土詩人の言葉を受けたかどうか、ホームランバッターの大谷翔平が時にバントヒットを試みるのは、チームが「ぜんたい幸福になることを」を狙ってのことでしょう。個人記録の達成だけがショーヘイ選手の目標ではないからだと思われます。

 

 

山口県松下村塾吉田松陰の歌碑   撮影年不明

 

親を思ふ心にまさる親ごころ今日のおとずれ何と聴くらむ  (吉田松陰)

 

安政の大獄により刑死した吉田松陰の辞世です

子の幸福を願う「親ごころ」を承知しつつ

今日この世と別れねばならぬ子の我を

親の立場から詠んだ歌です

 

死に際してなお

他者の目で自己を照らし

今の存在と次なる不在を

未来から読み取った29歳の若者とは何か

 

個は他者とともに在り

他者を含む我々は

共同体と共にあります

 

 

 

John Donne (1572-1631)   ネットより

 

 

ヘミングウェイ原作「誰がために鐘は鳴る」の

映画冒頭部に置かれたジョン・ダンの詩

 

なんぴとも一島嶼にてはあらず

なんぴともみずからにして全きはなし

人はみな大陸(くが)の一塊(ひとくれ)

本土のひとひら

 

そのひとひらの土塊を

波の来たりて洗ひゆけば

洗われしだけ欧州の土の失せるは

さながらに岬の失せるなり

 

汝が友どちや汝(なれ)みずからの荘園(その)の失せるなり

なんぴとのみまかりゆくもこれに似て

みずからを殺ぐにひとし

そはわれもまた人類の一部なれば

 

ゆえに問うなかれ

誰がために鐘は鳴るやと

そは汝がために鳴るなれば

 

 

その昔、北アフリカはモロッコ在住の友人から「上記の詩を全文正確に教えてくれ」との電話が入りました。書き物をしていて引用の必要があったようです。彼によると、

 

外国に赴任した人には概ね2つの種類がある

➀外国を肯定し日本を否定するタイプと

➁外国を否定し日本を礼賛するタイプだとのこと

 

外国で長く暮らすと否応なしに

国家を意識せざるを得ないようです

 

ただ、いずれの国家に帰属意識をもつにせよ

「人はみな大陸の一塊」すなわち

個人は集団の一部であり

他者の死は「みずからを殺ぐにひとしい」と言えます

言い替えれば、個の最小単位は2だとも言えます

2023.04.01記 つづく

 

 

 

 

For Whom the Bell Tolls

No man is an island, entire of itself;
every man is a piece of the continent,
a part of the main.

If a clod be washed away by the sea,
Europe is the less,
as well as if a promontorywere,
as well as if a manor of thy friend's or of thine own were:

any man's death diminishes me,
because I am involved in mankind,

and therefore never send to know
for whom the bells tolls;
it tolls for thee.


John Donne
Devotions upon
Emergent Occasions, no. 17
(Meditation)
1624 (published)