ちょっと道草 210724  写真で Go to西表島24 「住んでびっくり西表島」

 

 

 

 

 

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山下智菜美著「住んでびっくり西表島双葉社2006年刊

 

行ってみた。住んでみた。「2003年の夏、東京での仕事を整理し、友だちを残し、親しい知人も収入のあてもない西表にひとり、不安いっぱいで引っ越してきた」「自然の恵みをいただく生活を基本にしながら、祭りなどの行事を通じて村の人びとが強い結束を保っている」干立(星立)という村で「都会の生活が失った豊かさを感じ」「蚊とたたかい、ゴキブリとたたかい、ハブともたたかった」「住みはじめた当初は,高温多湿な気候にとまどい、吹き出す汗を不快に感じながら」「なかなか地元にとけ込めず、なんで来ちゃったのかなぁと気弱になることもたびたび」だった。

 

 

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ヒカゲヘゴ 2014.04.20

 

「収入のあてはほとんどなく、主に貯金を取り崩す生活」「お金がなくなったら島を出ればいいと気楽に考えて」の島暮しだから本気の移住者ではないのですが、なればこそ一定の距離を置いて島の暮らしを見つめられもしたのでしょう。都会を逃れ、田舎に移住した人たちが口を揃えて語るところの異文化ショックは「プライバシーがない」ことです。しかし彼女のように濃い人間関係を愉しめる人ならムラという名の24時間監視カメラに見張られても生きていけるようです。そこから導いた豊かな人間とは「作物を作り新鮮な野菜をご近所にお裾分けできる人」「他人にわけてあげられるくらい魚を釣ってくることができる人」であり、結論として「人はお金があまりなくても生きていける」そうです。

 

チャップリンの名作「街の灯」に、この世で大切なものは「少しのお金と愛だ」という台詞があります。お金は「あまり」なくても「少し」あればという微妙なフレーズが妙にリアルです。

 

 

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見ての通りのヤブレガサ 2014.04.20

 

Amazonに以下の書評がありました。

1)「いずれにせよベストセラーになる分野ではないですよね(笑)。強烈に何かを主張する本でもないし。Amazonで見る限りパッケージ(売り方)も十分に下手っちーだし。でも、中身がある。沖縄、離島、民族、伝統、風土、自然、共同体、地方、祭り、暮らし、お金、心、世代、自立、助け合い、はたまた昆虫(ゴ×写真だけはやめて〜!)、サバイバル…いろんな興味ジャンルの人に、ゆっくりゆっくり伝わり、ロングセラーになる本だなと思いました」

 

 

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ギランイヌビワの幹生花  2014.04.20

 

2)「昨06年8月末に3日間だけ西表に行った。白浜に泊まり、シーカヤックで舟浮にも行った。車で行ける端から端まで行った。たまたま遭遇した干立の芸能祭に行き、宿で付いていた筈の晩飯も、祭の屋台に替わったり、レンタカーを借りていたのが私だけだったので、ひとりだけ酒抜きだったりもした。なんか、客と言う扱いもなく、気楽な気分になった。翌日は白浜の公民館の祭りにも参加した。あの一体感、ある意味”強制的な共同体生活”も良いじゃないか。どうせ、一人で生きていけるわけじゃなし」

 

 

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里芋の葉を大きくしたようなクワズイモ  2014.04.20

突然の雨に打たれたら傘になります^^

 

会社に鉄の掟があるようにムラ共同体にも様々な強制があります。税務署より厳しい奉加帳やムラを挙げてのドブ掃除は、知らん振りをしたら村八分だから、その辺りの呼吸がわからない移住者と村人との目に見えぬ軋轢はどこにでもあります。会社からも社会からも解放されたくて田舎に住処を求めたのに、なんで鬱陶しい近所付き合いをせねばならんのかと憤る新規参入者よ、待てしばし、

 

 

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クワズイモの花 2014.04.20

水芭蕉の仏炎苞に似た造化の妙です

 

あなたが通る道はあなただけのものではないしあなたの車がドブにタイヤを取られたとき真っ先に救いの手をさしのべてくれるのはご近所さまです。田舎であろうと都会であろうと目に見えぬ無数の約束事に縛られ、かつ助けられて生きるのが人間というもの「どうせ、一人で生きていけるわけじゃなし」という上記書評に共感しました。

 

 

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南北を縦断する登山道の森  2014.04.20

多種多様な植物の宝庫です

 

ヒトは完全に孤立した状態では

肉体的にも精神的にも生きていけません、しかし

それは分かるんだけどオレはオレと呟くのも人間

では最小限の社会生活とは何かと考える上で

西表島は興味深い場です。

 

白浜の港からカヤックで行ける沖合に無人島の外離島ソトバナリジマがあります。そこに全裸おじさん~~! が住んでいて、どちらが先かは知りませんが、日本のテレビとフランスのテレビで紹介されました。無人島のロビンソンクルーソーは社会生活を忘れないため折り目を正して食卓に向かったそうですが、それは個人の趣味であり、全裸おじさんは誰もいない島で四六時中風呂に入っているようなものだから、すッ裸で何をしようと咎められる理由はありません。森を分け、海に入ってその日の糧を得、自由気ままに生きられるなんて羨ましい。オレもやってみたいと多くの人が夢見るのではないでしょうか。

 

 

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サキシマキノボリトカゲ  2014.04.20

 

それにしても木の実と魚ばかり食ってたら飽きるのではないか、醤油だって欲しいだろうし炭水化物も必要だ。病気をしたらどうするのだろとあれこれ考えていたところ、実はこの全裸おじさんには月1万円を仕送りしてくれる姉がいるのだそうです。この日ばかりは服を着て小舟で白浜へ向かうのだから、絶対孤独とは言えず、ちょっと醒めたかなと、、

 

 

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密林の細道に置かれた案内板 2014.04.20

書の基本を押さえた文字を見て感動しました

 

漢字のクニの台湾は言わずもがな

南西諸島ではしばしば美しい書体を見かけます、が

片やヤマトの文字は大混乱です

大戸屋のロゴなんて見ただけで引きますネ

 

健康な肉体のみならず、人間には情報を通じた社会生活も必須です。このおじさんはラジオを持っており、台湾の天気予報を聞いては一日遅れで対策するそうだからそれなりに社会生活を営んでいます。あの辺りはラジオ電波が国際交流しているので日本語放送のみならずChina、Korea、強烈な出力でわめくDemocratic People's of Korea、やたら元気な米軍放送も耳にしたことでしょう。そのような全裸おじさんの暮らしを日本とフランスの放送局が電波に乗せたものだから、面白がった観光客がカヤックを漕いで離島へ上陸し、ふたり並んで同じ姿で記念撮影した馬鹿もいたりして、それがテレビ電波に乗りました。かくて孤独を愉しんでいた全裸老人はリモート共同体の一員にされ、公序良俗を乱すトガで島を追っ払われました。(ネットを探ればFreeなChinにボカシを入れた写真とともに何の責任も取らない記者による面白半分の記事や、ビデオをonにしたまま潜入したのか分けのわからないYouTube動画があったりします)

 

 

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高知ではこの葉で餡餅を包みます  2014.04.20

 

西表島の出来事は何でも見てやろうという山下智菜美女史は、この全裸おじさんにも面会していますが、若い女性が頭に鉢巻きだけ締めた老人を見たからといって嬉しいはずもなく、とりたてて深い感想は載せていなかったですね。▽この話は数年前ネットで見たものですが、今は消去されたようです。山下智菜美というライターは「住んでびっくり西表島」の著者としてのみネットに置かれ、個人情報の露出は注意深く避けているようです。賢明です。

 

 

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渚のアート 2014.04.21

 

やや漫画化され電波に載せられた

全裸おじさんのみならず、西表島には昔から

いわゆる社会と切り離され

孤独な暮らしを営む人たちがいたようであり

 

過去を知られたくない人の逃避の場なのか

海と空に引き籠もりの場を求めてのことか

あるいは大学探検部の活動かは知りませんが

密かにテント暮らしをする人たちが今もいます

 

そのような人びとをおおらかに迎え黙認する

懐の深さが西表島はあるように思われます

 

人それぞれの事情を十把一絡げにはできませんが

できることなら病院の片隅で療養するより

背に手つかずの森を置き

寄せては返す波音を聞きながら

しばし休息をとれるなら

ひとは幸福になれるのかもしれません

 

 

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砂岩が浸蝕され不思議な造形を見せた 2014.04.21

 

2003年に西表島へやってきた山下智菜美女史は、女ひとりの島暮し体験を雑誌BE-P@Lに連載し、2006年に本書を上梓しました。ずっぷり島に浸かった本気の移住者が、自らを対象化し記述することはまずありません。東京時代の彼女は書き手でしたが、西表島では書きかつ書かれる側に転身し、ネットによくある「やってみた」シリーズの先駆けになりました。3年がかりの突撃取材は自分自身が一次情報なのでリアルさ満点です。出版後8年を経た2014年現在、西表島には新風俗が押し寄せ、最後の秘境もあわやという観があるものの本書はまだ色褪せていません。

 

 

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南風見田ハイミダの浜  2014.04.21

 

遠からず西表島は、沖縄本島北部、徳之島、奄美大島とセットで世界遺産に組み込まれます。新たなルールが持ち込まれ、島の暮らしは劇的に変容することでしょう。その前にコロナ禍で浦内川の観光船は稼働しているのだろうか、お客さんを失った由布島の水牛はしっかり餌をもらっているのだろうかと心配です。急がねば!

2021.07.24記 つづく