ひとり旅 230205 日本所々(19) 承久の乱(K 散居住宅 中尊寺 西行 芭蕉 コロンブス

 

 

 

 

 

岩手県花巻市の散居住宅 (22㎜⇒旧35㎜の標準レンズ使用)  2022.07.29

 

昨夏バイクで秋田県から岩手県へ抜け広々とした農地を南下しました。地図を見ると東北は山だらけなのできっと貧しいのだろう。「東野物語」には貧しさゆえの悲惨な話がある。不遜にもぼくは「金の卵」が集団就職の列車に乗せられ上野さ降りて「さあがんばるべ」という「オールウェイズ三丁目の夕日」みたいな東北イメージをもっていました。が、バイクで行く北上盆地の広いこと広いこと、これってオレが仕事場へ向けて走る高知平野とは比較にならんなと狐につままれたような気がしたものです。

 

 

散居住宅のひとつ陶芸家の工房らしい  2022.07.29

 

高知の山村で紙漉きをやっているオランダ人が「愛媛から山を越えて高知へ入ると途端に家の造りが貧しくなる」なんで?「ぜえんぶ呑んじゃった」といたずら顔でわらいました。呑んだことは事実なんだろうけども潤沢な資産があれば立派な家のひとつもあろうはず、高知が安普請だらけなのは要するにカネがないからです。カネの出所は広々とした農地です。米です。石鎚山が山裾を広げる愛媛の平野に比べ「高知はシワシワの山地だらけで平地が少ない。だから貧しい割に地価が高い」と不動産屋が分かりやすく説明してくれました。

 

そのようなクニでツーリングを愉しむには山間を上ったり下りたりしながら狭い土地がつくる山村の暮らしを読み解く目が要ります。一方、岩手の平野はとても広く「稲葉かきわけ」夏の農地を風のかたまりが走り、やがて金波銀波の稔りの秋を迎えます。青い海に浮かぶ立派な農家を見て東北が貧しいだなんてウソだと思いました。

 

 

中尊寺金色堂  2011.08.18

 

忘れもしない

3.11「東北地方太平洋沖地震」の夏

Koreaの友人と連れ立って津波の跡地を

福島⇒宮城⇒岩手と上がり一関で宿をとりました

震災の印象を引きずりながら訪ねた中尊寺

あいにくの雨でしたが

芭蕉の句を思い出すにはよい日でした

 

五月雨の降り残してや光堂  (芭蕉)

 

鞘堂の内部は金ピカ御殿のアレです

撮影禁止だったか写真は残っていませんが

ネットを探れば黄金が「指2本」の厚みに敷かれ^^!

マルコポーロを興奮させた金色堂があらわれます

 

 

中尊寺 芭蕉翁と対面した友人  2011.08.18

 

芭蕉の何たるかを知らず

まして西行の歌など知る由もないKoreaの友人が

翁像の前で何を思ったかはわかりませんが

まあ異国の旅は誰にとってもそのようなものです

                        *おもろい構図なので掲載御免^^

 

おそらくは西行(1118~1190)を意識しつつ500年後に

奥の細道」を歩いた芭蕉(1644~1694)は、栃木県那須町

西行の「遊行柳」に想を得た句をものにしました

 

道のべに清水流るる柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ  (西行)

 

田一枚植えて立ち去る柳かな  (芭蕉)

 

わずか17文字、字面から意味をとれば

田植えの風景を見て立ち去ったよという句ですが

背後に西行による東大寺再建の旅があり

義経vs頼朝のバトルが重なると賑やかです

 

句は遠い時間を引き寄せ

ハリウッド顔負けの

脳内ビデオを作ります

 

 

中尊寺にて  2011.08.18

 

聞きもせず束稲山(たばしねやま)のさくら花

                                吉野のほかにかかるべしとは  (西行)

 

こよなく花を愛した西行

満月の2月15日に逝くべしと

みずからの命日を指定し

 

願はくは花のもとにて春死なむその如月の望月のころ  (西行)

 

と詠みましたが、わずかにタイミングを外し

1日遅れの2月16日(新暦3月末)に大往生しました

 

昨年、夏と秋に吉野を訪ねました

花の季節ではありませんが

脳内フォトショップで思い浮かべた袈裟と編笠の僧が

桜吹雪の舞い散る空で点になりました

 

 

中尊寺金色堂  ネットより

 

奥州平泉藤原三代の繁栄は尾去沢の金が支えたという説があります。しかし金は宝飾品ないし交換価値にすぎず、交換価値としての金を支えるものは米であり、米をつくる農地の広さが藤原三代の繁栄の証だと捉えて(たぶん)大きな間違いはないでしょう。米を食べ、金を使って創成した中尊寺は四国では見られない規模と歴史をもっていました。

 

坂口安吾の「桜の森の満開の下」は

女を背負って花の森を駆けた男が

ふとした恐怖に襲われ、振り向くと

若く美しい女が鬼に化けていたという物語です

美は醜によって研ぎ澄まされます

 

大航海時代コロンブスは金銀財宝香辛料を求めてカリブ海をさまよい「新」大陸発見につなげますが、その(西側)美談の背後にはマルコポーロの「東方見聞録」に描かれた黄金の国⇒ジパング⇒奥州平泉の金がイメージされていたようです。

 

冒険家の野望のダシにされ

割りを食った南米先住民には

人種交替とも言えそうな悲劇が押し寄せます

今風に読み解けばグローバリストvsナショナリストの争いであり

争いの中心に黄金があったとも要約できそうです

 

それは地球の裏側で行われた500年も昔の話だから

ぼくらは心穏やかに見て取れますが

殺戮の歴史が復元されたかのような今

ぼくら日本人にとっても他人事ではないかもしれません

等々あれやこれやをごちゃまぜにして次回

佐渡の金山につなぎます^^!

2023.02.05記 つづく